■Time Machine 1977-1986 第1回 1977年1月
アメリカではひと足早くこのシーンは盛り上がりを見せていて、74〜76年にニューヨークでパティ・スミスやニューヨーク・ドールズ、テレヴィジョンといったアーティストが出現し、ニューヨーク・パンク・シーンを形成しようとしていた。そんなニューヨーク・パンク・シーンに現れたもう一つのグループが、ラモーンズだ。メンバー全員がラモーン姓を名乗るラモーズは、76年4月23日、セルフ・タイトル・アルバム(邦題 : ラモーンズの激情)でデビューを飾った。彼らがデビュー作から1年を待たずに77年1月10日にリリースしたのが、セカンド・アルバムとなる『リーヴ・ホーム』(Sire / SH7258)だ。76年10月にニューヨークのサンドラゴン・スタジオで、ドラムスのトミー・ラモーンにトニー・ボンジョヴィを共同プロデューサーに迎えて制作されたこのアルバムは、しっかりとしたプロダクション・ワークが施され、疾走感に満ちたポップなロックンロール・ナンバー満載で、デビュー作よりも洗練された内容が前作以上に高い評価を受けた。しかし評論家には高評価だったものの、全米148位止まりで商業的には成功には至っていない。ラモーンズが成功を手にするのは、77年5月に発売されシングル・ヒットとなった「シーナはパンク・ロッカー」が収録された次作『ロケット・トゥ・ロシア』まで待たなくてはならなかった。
スピード感があり、若者の気持ちを捉えたプリミティヴなパンク・ロックが勢いを増す中、70年代前半に大きな成功を手にしていたプログレッシヴ・ロックは重厚長大で難解ととらえられ失速しつつあった。そんな状況の中でも高い人気を維持していたのがピンク・フロイドだった。73年3月にリリースしたアルバム『狂気』は想像を超えるロングセラーとなり、75年9月に発売した『炎〜あなたがここにいてほしい』も初の全英・全米1位を獲得する大ヒットとなった。そんなピンク・フロイドが、77年1月23日にリリースしたのが通算10作目となるアルバム『アニマルズ』(Harvest / SHVL 815)で、ジョージ・オーウェルの小説「動物農場」から着想を得、エリート・ビジネスマンを犬、資本家を豚、労働者を羊に喩えた資本主義を批判するコンセプト・アルバム。5曲の長尺な楽曲で構成された内容だったものの、全英2位・全米3位のヒットを記録した。
77年1月18日には、ジェントル・ジャイアントの初の、そして唯一の公式なライヴ・アルバム『プレイング・ザ・フール〜ライヴ』(Chrysalis / CTY 1133)がリリースされている。メンバー間で楽器を持ち替えたり、複雑なコーラスワークを行うなど、ライヴとは思えないほどの高いテクニックが話題となった。
同年1月には、ルネッサンの7枚目アルバム『ノヴェラ』(Warner Bros. / K56422)がリリースされているが、本作は英レーベルBTMの倒産により、アメリカで先行発売され、イギリスでは数ヶ月遅れの8月になってようやくワーナーから発売された。その他にもアメリカではサンタナの『フェスティバル』(Columbia / PC 34423)、ジャニス・イアンのヒット・ナンバー「ウィル・ユー・ダンス」収録の『奇跡の街(Miracle Row)』(Columbia / PC 34440)、ジョーン・ジェットが在籍していたことで知られるランナウェイズのセカンド・アルバム『クイーン・オブ・ノイズ』(Mercury / SRM 1-1126)などがリリースされている。