【インタビュー】「崖っぷち演歌歌手」こと秋山涼子の“崖っぷち”エピソード③
2021年5月に放送された、テレビ東京「家、ついて行っていいですか?」に出演し、自らを“崖っぷち演歌歌手”と称する秋山涼子は、自身の写真がラッピングされた宣伝カーで全国各地を巡り、様々な出会いを通じて歌を届ける活動を行っている。
現代において、SNSやサブスクでヒットが生まれる時代に逆行する、まさに“昭和ライク”でアナログな活動でヒットを目指しているが、現在のコロナ禍において、彼女の真骨頂ともいえるダイレクトにユーザーへ訴えかける活動ができず、まさに“崖っぷち”に立たされている。
コロナ禍以前は、全国をラッピングカーで回り歌を届ける活動を20年以上にわたり行っていたが、テレビ番組の「家、ついて行っていいですか?」のように、“なぜか不思議な出会いを引き寄せてしまう”彼女のこれまでと、全国を回る中で起こった出来事や、人との出会いから生まれたエピソードの涙と笑いの最終回!
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【エピソード3】
「田舎の温かさ」~奥三河の想い出~
1988年に歌手としてデビュー致しました。よくデビューの時は「ゼロからのスタート」と言いますが、本当はレコーディング費用やCDの製作費などを借金していましたので、事実上はマイナスのスタートでした。
とにかくまずはCDを売らなければと、地元の江戸川区でデビュー発表会を開催して頂きました。地元の人たちはとても温かく下町人情が残る町でしたので、皆さんの応援がとても有り難かったことを今も覚えています。次は父の出身地の埼玉県岩槻市(現、さいたま市岩槻区)でキャンペーンを行いました。父の兄弟が、カラオケ店やスナック、居酒屋さんなどで歌わせて貰えるように頼んでくれました。
そんな温かい応援も頂いていましたが、キャンペーンで伺った先々で「なぜテレビに出ないの?」、「なぜカラオケに入っていないの?」と言われることが増え、デビューしたばかりの新人とはいえ応援して頂く方の思いに答えられないもどかしさに、日々辛い思いをしていました。演歌の曲はカラオケで歌って頂くことがヒットへの道ですが、当時はまだ配信ではなくレーザーディスクや8トラックのカラオケの時代でしたので、ヒットしていない曲をカラオケに入れるということは至難の業でした。
そんな中、仕事が来ることを待っていても駄目だと思い、それなら「費用をかけずに車で全国を回ろう!」と、事務所の松井義久先生(以下、松井先生)が免許を取り、私が曲のタイトルや自分の名前を車のボディーに手書して走り始めました。その車は千葉の後援会から中古車を寄贈して頂きました。
とはいえ、何処を頼って歌いに行こうかと、最初に思い付いたのは松井先生の親戚でした。ちょうど松井先生のお義兄さんがお仕事を引退されカラオケにハマっていました(笑)。その場所は、静岡県の佐久間町(現、浜松市)で、高速のインターから1時間もかかる山間の田舎町でした。静岡県・愛知県・長野県に跨がる奥三河地方を来る日も来る日もキャンペーンで回りましたが、初めて宣伝カーで回り始めたあの頃は私にとってはかけがえの無い日々でした。
菓子折りを持参し、カラオケ会の会長さんや町会議員さん、森林組合など、あちらこちらにカセットテープを配りました。そのお陰で、地元のお祭りやカラオケ大会で歌わせて頂いたり、隣町では松井先生の従兄弟さんが町会議員をされていて町の公民館やお寺、廃校になった小学校の体育館、さらには普通の民家でも 歌わせて頂ける所は何処にでも行きました。3ヶ月近く東京に帰らず、「一家に一本、カセットテープを買って貰おう!」キャンペーンと題し、様々な場所で歌い続けていました。その間の寝る場所に関しても、(松井先生)のお姉さんが食事から宿泊までサポートして頂いたことで続けることが出来ました。
そういった活動を年々続けることで、それぞれの町に後援会が出来、1990年12月25日に名古屋の御園座でたった1日ですがコンサートを開催させて頂くことが出来ました。
まだデビューしたばかりの私が「なぜ御園座での公演が実現できたのか?」というと、(松井先生の)お姉さんの同級生が名古屋で喫茶店をやっているとのことでそのお店に伺うようになり、そこで出会ったあるご夫妻の方から「娘が嫁に出てしまって部屋が空いているから、いつでも名古屋に車で来たら休んでいって〜」と、なぜか部屋の鍵を頂きました(笑)。
そして、そのお部屋を使わせて頂いているうちに、近くのカラオケ喫茶で歌うようになり、そのお店の常連だったお爺様が私のファンになってくださって、偶然にもそのお爺様の息子さんが御園座の照明を担当している方で「コンサートするなら借りられるよ〜って(笑)」。
今振り返っても本当に不思議なご縁でした。
そんなご縁で開催することが出来た初めての御園座公演の時には 愛知県、静岡県、そして東京からも観光バスで大勢の応援団が駆けつけてくださり、お陰様で2000人のお客様が来場され大盛況でした。
現在も続けている宣伝カーでのキャンペーンで、初めて訪れた奥三河地方は私の心の故郷、第二の故郷になっています。歌で皆様との絆が、これほど強く繋がるものなのだと初めて感じた出来事でした。
●今回、3回に分けて秋山さんのエピソードを伺ってきましたが、本当に全国をくまなく回っているからこその出会いや縁が、偶然のようで必然のような不思議なめぐりあわせに驚きました。コロナが空けたらチャレンジしてみたいことはありますか?
コロナで大変だったのはカラオケ店も例外ではなく大打撃なはず。そんなお店さんの応援も兼ねて全国を回りながら、YouTubeにもチャレンジしたりブログやカラオケ雑誌などでも頑張るお店さんの応援隊長になってご紹介したりして行きたいです。
<商品情報>
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