RYUZOの新しい表現の形。Records & Bar「BLOODY ANGLE」
渋谷駅を出て、宮益坂下の交差点から明治通り沿いに原宿方面に歩いていく。LACOSTEのショップが見えたら、その手前を右に曲がり、ゆるい坂を登って行くと、レトロな雰囲気が漂うスナックビルがある。スナックやパブ、会員制のBARなどのたくさんの飲み屋が並ぶなか、レコードが買えるBAR『BLOODY ANGLE(ブラッディ・アングル)』が、昨年12月17日にオープンした。
オーナーのひとりはなんと、あのラッパー・ANARCHYが属するレーベル・R-RATEDのボスでありラッパーのRYUZO。ラッパーとしてその名を轟かせ、R-RATEDを立ち上げ、ANARCHYという才能を見出し、今やクラブシーンを代表するパーティ「#_O_M_G_」を企画するなど、日本のストリートシーンのターニングポイントとなるような仕掛けを常に生み出してきた彼が新たにスタートしたBARと聞いて、ワクワクしないはずがない。
良い酒と音楽がある大人の社交場
『BLOODY ANGLE』とは、NYマンハッタンのチャイナタウンにある中心通りドイヤーズ・ストリートの、とある通りの角の名称のことである。ここは昔、チャイニーズマフィアの抗争が多発した場所であり、最も人が殺された場所。今ではNYのチャイナタウンの中心でありオシャレなBARやレストランなどが並ぶ人気スポットである。
「NYのビジネスパートナーが、この『BLOODY ANGLE』って呼ばれる場所の風景がすごい好きで、だからこの店はチャイナタウンの雰囲気の赤い店内。今チャイナタウンで表向きはマッサージ屋とか雑貨屋なのに、奥に入るとめっちゃオシャレなBARっていうのが増えてきているって聞いて、そのコンセプトって面白いなって思ったんですよね。それでそのイメージをYOSHIROTTENに伝えて、店舗デザインのお願いしたんです」
インパクト抜群のネオンライトや大黒天の人形、そして月に見立てたライトなど、オシャレでユニークな空間はグラフィックデザイナー兼アートディレクターのYOSHIROTTENによるデザインだそうだ。
「もともとYOSHIROTTENの作品は好きで、ここの店舗デザインの件でNYにいる仲間に、彼とマネージャーのYUSUKEを紹介してもらったことがキッカケ。実際に一緒に仕事をして、あらためて彼のすごさに驚きました。俺がイメージしてた以上に居心地がいい店内になりました。ライトをある角度から見ると月に見えるアイディアとか、”すごい”の一言でした」
なんと言ってもこのBARの面白いところは、レコードバイヤーが実際にいて、店内にあるレコードが買えるという点。この店は、そのレコードバイヤーであるLostFaceさんと共同でスタートした場所。彼はNY・ハーレムを拠点にレコードバイヤー/プロデューサーとしてキャリアを積み、レコードショップの運営やネットでのレコードの通信販売などもやっていた経歴もあり、日本のクラブシーンでは知る人ぞ知る存在だ。RYUZOさんの楽曲のプロデュースをはじめ多くのアーティストの楽曲をプロデュースしてきた。お店には彼が掘り起こしたレアなレコードを求めてくる客も多いという。
「レコード目当てで来る人も結構いるんですよ。レコードBARって結構あると思うんですけど、SOULのオヤジがやってることが多いじゃないですか。でも現役バリバリのレコードバイヤーがやってるネタ物レコードBARはあまりないかなと」
「俺はやっぱりレコード世代だし、音楽も含めてサンプリングをよく使う。そこの芸術性が好きなんです。だからここには、グルーヴがあるものはジャンル問わず置いてるんです。和ネタも結構あります。”あ、この音楽のここはサンプリングできる”みたいな話ができるBARってあまりないと思うんです」
「意外に、NYやLAのラッパーも和ネタを掘っているってことや、カニエ・ウエストとかも実は和ネタのブレイクを使っているとか、若い子たちは知らないと思うんです。こういう音楽や話を聞いてくれた人たちのなかに、聞き方や楽しむ方法がひとつ増えたらいいなって思いながらやってますね」
『BLOODY ANGLE』はオープンして1ヶ月。この1ヶ月間、RYUZOさんは毎日BARに立っているという。
「俺の客が多いっていうのもあるけどね。でもクラブでお酒を飲むのとはやっぱり違う。カウンターをまたいで、腰を掛けてゆっくり話して見ると、今まで以上にその人の深みっていうのが知れる。人間って、当たり前だけどひとりひとり違う人生で、この店で人が出会って人生が交差する。それが面白いし、ここで生まれた新しいコネクションがまた次の仕事に繋がっていく。そして、それが俺のアートと音楽をどんどん進化させてくれてる。それが本当に面白い。だから俺は毎日BARに立っていますね。本当だったら自分は経営する立場だし、最初は週2〜3回来ればいいかなって思ってましたけど、実際に面白くて。少し前なら夜は毎日どっかに遊びに行ってたけど、ここが好きで会いに来てくれる人と話している方が楽しい。で、俺は料理を作るのも好きなせいか、今は酒を作ることにハマってしまって、どうやったら美味い酒を作れるかっていうのを調べたり、人と人の間とかタイミングを考えていますね」
RYUZOさんは、『BLOODY ANGLE』が出会いの場であり大人の社交場だと言う。RYUZOさんが始めたBARだから、クラブのノリでワイワイ飲んだり、テキーラパーティっていうイメージがあるかもしれない。実際に自分もそう思っていたひとりだった。でも、何度か飲みに来たことがあるが、実際はぜんぜんそんなことがないのがリアルなところ。RYUZOさんの言う”大人の社交場”という言葉がピッタリとハマるぐらい、さまざまな人たちで溢れる。
「今まで会わなかった人たちがよく遊びに来てくれるんですよ。だから最近はいろんな出会いがありますね。スタイリストやカメラマン、モデルや女優なんかアンテナが高い人は来てくれます。それに海外の方も多くて、A$AP ROCKYやFlatbush ZOMBiESも来ましたね。お互いに会ったことがない状態だと、俺のことを勘違いしてた人も、実際に話して見るとぜんぜん違った、みたいな話もできて面白いですよ。もちろん逆パターンもありますし。まだ出会って1ヶ月なのに、20年来の友達かっていうぐらい毎日来て毎日遊んでる友人もできましたね。
それに、自分もいい歳になってきて思ったのは、”新しい遊びがしたい”ってこと。いいお酒が飲めて、いい音楽が聴けてっていうような大人の遊び方っていうのをしたいし、提供できればなって思ったんです。HIPHOP自体も、トラップとかも出てきて新しい時代に突入したと思っているし、それを自分がやるのとはちょっと違うとも思う。それよりも自分がやってきた音楽のアート性を深めていきたいって思うようになったんですよ。今ここで音楽に最初出会ったときみたいに、もう一回音楽を聴き直している感じです」
音楽がアートだってことを忘れない
今までラッパーとして、R-RATEDのボスとしてHIPHOPシーンを牽引して来た男が、なぜ今BARをやろうと思ったのか。しかもそのBARには毎日立っていると言う。でも話を聞いていると本当に楽しそうだ。ワクワクする感じが強く伝わってくる。
「クラブ遊びに飽きていたんですよ。2013年に『#_O_M_G_』をスタートさせて、せっかく新しいことを始めたのに、今じゃどのクラブに行っても『#_O_M_G_』に似たパーティばかりでフレッシュじゃない。R-RATEDを始めたときもそうだった。HIPHOPのインディーレーベルなんて当時は、あまりなかったし、ANARCHYみたいに刺青だらけでギャングスタラップを歌うやつもだれもいなかった。新しいことを始めて、それが流行れば、当たり前なのかもしれないけど、みんなが真似をする。そこにオリジナリティがないから、どんどんシーンが劣化していって、面白くなくなってくるし、俺も流されかけてたから。自分も面白くなくならないように、新しい遊び場を作って面白い奴を集めて、フレッシュの充電中」
確かにそうだ。どのパーティに行ってもスタートした当時の「#_O_M_G_」のようなあの圧倒的な刺激は味わえない。確かに自分も最近はクラブで遊ぶよりも、BARに行くことの方が多いかもしれない。
「クラブとは違ってここは酒の値段もBAR設定にしてる。だからクラブみたいにテキーラパーティやナンパって感じにはならないし、そういうのがしたい人は来ない。客は若い人よりも遊び慣れた人が多いかな。でも、そんな大人の社交場に、本当に大人に憧れている背伸びしたい子供たちには来てほしいと思う。俺も昔は、DJ BARによく行っていた。そこには俺が憧れていた大人たちがたくさんいて、1杯1000円なんだけど持ち金は2,000円しかなくて。でもその大人たちに憧れてるから1杯だけで粘る。みたいなことをよくやっていたんですよ。そんな前のめりな若者には来てほしいですね」
最後に、RYUZOさんにもうラップはやらないのかと聞いてみた。HIPHOP好きとしてはRYUZOさんが歌わなくなることはすごく寂しいと思ってしまう。
「俺はずっと音楽をやってきて、もちろんこれからも音楽はアートとしてやり続けるつもりだし、曲も作っています。新しいPVも今月UPします。今は音楽をストレスなく続ける為に色々なビジネスをしている。ちょっとうるさいことを言うと、今はHIPHOPがファッションになりすぎている気がしていて、もちろん俺もそれをビジネスとしてやることはあるけど、基本はHIPHOPがアートであり文化だって言うことを絶対に忘れてはいけないと思っている。
オシャレもいい、フリースタイルが上手いのもいい。だけどHIPHOPはアートであり文化でありLIFEだから、楽曲やジャケ、MIXで深いところを追求して表現するHIPHOPが好きだし、いろいろな思いを詰め込みたいし、そういうアーティストでありたいと思っている。
あとは、HIPHOPを通して今まで出会った人といろんなことをもっと表現して、音楽以外でも型にしていきたいって思っています。この『BLOODY ANGLE』もそのひとつ。あと2店舗目を建てようって話もしてる。ここに来てから流れるような場所とか、ちょっと違う感じで。それに4月には原宿でアパレルショップをプロデュースします。一軒家丸ごとのショップ。あと、AbemaTVで番組やる話も頂いてたり、これからはそう言う総合演出的な動きも多くなると思いますね」
クリエイティヴなマインドで思いやメッセージを発信していくRYUZOさんがスタートさせてた『BLOODY ANGLE』は、表現方法がラップではないが、そこには確かにHIPHOPのマインドが感じられた。ラップばかりがHIPHOPではない。HIPHOPはアートでありカルチャーである。言葉にはしないものの、”形が違えどHIPHOPは表現できる、音楽という芸術は表現できる”と今回の取材を通して教えられた。
「ぜひ、いろんな人に遊びに来て頂きたいですね。ちょっと背伸びがしたいとき、カッコつけたいとき、女の子を口説くときとかは、ぜひ使ってほしいです。すでに『BLOODY ANGLE』で3組ぐらいカップルも誕生してますし(笑)」
Photographer: Takaki Iwata