一ノ瀬 佳音(1話)
都内のとある中学校。
「佳音〜、はやく帰ろうよ〜」
夕日が差し込む放課後の教室の出入り口に、二人の女子生徒が中を覗いている。
「まってまって、この荷物職員室に持っていかなきゃ」
女子生徒たちを待たせているのは、一ノ瀬佳音。
自分のスクールバッグを肩にかけると、山積みになったノートを両手で抱えた。振り返って教室の出入り口へと小走りで向かう。
「また頼み事されたの?」
「たまには断っちゃえばいいのにー」
友達たちはそう言いながらノート数冊を手に取る。
「あっ、ありがとっ。んー、なんか断れないんだよね〜、頼ってもらえるのは悪いことじゃないし」
佳音は軽くなったノートの山を整えながら笑う。
「てかそれ、今日の日直の仕事じゃん。いいように押し付けられただけでしょ〜」
「まったく優しいのか鈍感なのか…」
友達たちは呆れているが、佳音を見るその目は優しげだった。
階段を降りて、職員室に到着した。
「失礼しまーすっ!せんせ、これ持ってきました〜」
担任の先生の机にたどり着くと、佳音はとん、とノートの山を置いた。友達たちが続けて数冊ずつ重ねていく。
「あらあら、係じゃないのに悪いわね。ありがとう」
座っている担任の先生が佳音たちを見上げてにこっと笑う。
佳音はつられて笑顔になった。太陽のように眩しい笑顔だ。
友達たちは横で顔を見合わせて、くすっと笑った。
一ノ瀬佳音は中学2年生。特にこれと言った趣味も、何か秀でた特技もない、普通の中学生だ。
強いて言うのではあれば、実年齢にそぐわない大人っぽい美しい容姿が特徴だろうか。
白く艶のある肌、ぱっちりとした大きな瞳、ゆるくカールした長いまつ毛、きゅっと結ばれた血色のある唇。
背も高く、腰まで伸びた紺色のロングヘアーはより大人っぽさを強調している。
その容姿からはクールで知的な性格だと思われがちだが、本人は至って普通の中学2年生、といった感じだ。
好奇心旺盛で明るく、分け隔てなく色々な人と仲良くできるクラスの中心的存在だ。
そのためか頼まれごとも多く、断れないお人好しな性格もあってつい引き受けてしまう。
友達にも恵まれ、楽しい学校生活を送る普通の女の子、それが一ノ瀬佳音。
だが、友達の一言で人生が変わるだなんて、この時は思ってもいなかった。