一ノ瀬佳音(2話)
ある日の昼休み。教室の隅で佳音のグループはこっそり持ってきた雑誌を読んでいた。
カーテンに隠れて、窓辺から差し込む光を浴びながらパラパラとページをめくり続ける。
「あっこの服かわいい」「どこ?あっここ近くにお店あるよ」「えー今度いこ!」「日曜ね」「あとでLINEで計画立てよ」
周りのクラスメイトにバレないよう、小声で盛り上がる。
しばらくファッションのページが続いていたが、次にページをめるくとエンタメ情報のコーナーが始まった。
「あっこのグループ今めっちゃ人気だよね!私推してるんだあ」
「えっ私も!」
誌面に大きく載っていたのは今人気急上昇中のアイドルグループだった。
「え、あたし知らない…」佳音がそうぽつりと呟くと、
「「ええっ!」」
と二人の友達が声を揃えて驚いた。
クラスメイトの視線が集中する。
「な、なんでもないで〜す…」
友達の一人、ミカが慌てて雑誌を背に隠す。やがてクラスメイトの視線はまた元の位置に戻った。
「もうやめてよ、驚かせるの」
「いやそんなに驚く……?」
佳音の頭はひたすらはてなマークだらけだ。
「もう国民的アイドルだよ、CMも結構出てるし街とかでもよく流れてるしドラマにも…」
「あたしそういうのあんまちゃんと見ないんだよね〜」
佳音は申し訳なさそうに頭を掻く。
「まあ佳音は推しとか作らなさそうだしね〜。あっ今日帰ったら動画のリンク送るよ、絶対ハマるから」
「うっうん…」
見たことのないような友達たちの押しの強さに若干気が引ける。何が彼女たちをそこまで夢中にさせるのだろうか。
「それにしてもまじでかわいいよねこの子達」
「わかる、ビジュ優勝しすぎでしょ」
首を傾げる佳音をよそに、二人はアイドルで盛り上がる。
「え、てかこの中に佳音いてもさ、違和感なくない?」
「あ、かもね、佳音って女優っぽいハッキリした顔立ちだけどアイドルっぽい可愛さもあるもんね」
「えっ?」
突然自分の話題になり、佳音は思わず声をあげた。
「こんなに可愛いのにまだ一般人の中に紛れ込んでるのある意味勿体ないしね」
「それ!コミュ力もあるし声も良いんだから」「何より明るくて一緒にいて楽しいし。佳音アイドルになれるんじゃない!?」「え、なってほしー!」
そんなの耳に入っていないのだろうか、友達二人の妄想は勝手に広がっていく。
「佳音〜、アイドルなってよー!」
「推させて〜!」
二人はキラキラした目で佳音を見つめた。
「え…はああっ!?!?!?」
わけがわからなくなった佳音は、さっきの二人よりも大きな声で叫んだ。
クラスメイトが一斉に振り返る。
「な、なんでもないで〜す…」
今度はもう一人の友達、ユナが雑誌を背に隠し、ミカが佳音の口を塞ぎながらペコペコする。
クラスメイトは皆困惑していたが、すぐに元の話し声が溢れる教室に戻った。
「も〜っ佳音のばか!なに本気に捉えてんの!冗談に決まってんじゃんっ!」
ミカは佳音の口からぱっと手を外すと焦ってぽかぽかと佳音の肩を叩いた。
「あっ、えっ、いや、ご、ごめん」
「もー本当にこの子は〜。時々通じなくなるんだから〜」
ユナが佳音の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「えーっ」
佳音はくしゃくしゃに掻き乱された髪を結い直すためゴムを解いた。長い長い髪がばさっと肩や背中に当たる。
「でも…佳音が髪おろすとまじで同い年に見えないよね」
「うん、ほんとに芸能人みたい」
今度は大きな声を出されないよう、ひそひそ声で耳打ちし合う二人。
そんなことは知らず、佳音は綺麗にまとめた髪をゴムで縛るのだった。