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陽心会館

なぜ「陽心」流?

2021.07.26 16:51

…悔しすぎて眠れない。


先日渡名喜選手が銀メダル、本日芳田選手が銅メダルを獲得しました。


本当に素晴らしい結果なのですが、二人の顔を見ているとどうしても素直におめでとうと言えない自分がいました。


二人共、我々には理解できないくらい勝ちたかったんだろうな。


そんなことを考えていたら寝れなくなり、蕁麻疹が出ました。


痒いのと眠いのでうつらうつらしていたら、私の先生である井上先生がなぜウチだけ「陽心」流と書くのかという話をしていたのを思い出しました。


元々、我々陽心流は本體楊心流と言う流派だったそうです。


ここからが長いのですが、九州で別の柔術にボコボコにやられました。


悔しくて流派を広げよう!と思った方があちこちで技を吸収してどんどん有名になったそうです。


戸塚一族が有名だったらしく、気がついたら戸塚楊心流と呼ばれていたとかなんとか。


で、この戸塚楊心流も明治だか大正だかにボコボコにやられました。


講道館柔道に。


大勢いた門弟は講道館に吸収され、戸塚一族も柔道の内部に入りました。


ただ、これに耐えられなかった奴らがいました。


当時ほぼ無名、戸塚派でもあまり強くなかった吉岡先生、高崎先生、高木先生等が共に出奔し新しく流派を立ち上げるに至ったそうです。


で、楊心流だと負けがかさんで縁起が悪いから明けない夜はない、朝は来る、次は勝つ!と毎日登る太陽にちなんで「陽心」流に変えたんだそうです。


と、話していた井上のジジイが死んで早10年。


そんな井上ジジイの名言集からよく言われていたことを一つ。


「誰にも出来ない凄いことが出来る武道家ではなく、誰にでも出来る簡単な事なのに凄い威力が出る武道家になれ。基本こそが必殺、派手である必要はない」


基本こそが必殺。毎日コツコツと気が遠くなるような反復こそが、咄嗟に身を守る。


また来るであろう次に備えて、コツコツやりましょう。