「いざ吉原へ」9 妓楼(3)つくり②1階 張見世以外
切見世以外の妓楼は、江戸時代としては珍しい二階建てであった。上級遊女の部屋や宴会の座敷などはすべて二階にあり、登楼した客はまず階段をのぼって二階にあがる仕組みになっていた。一階は楼主(妓楼の経営者)、下級遊女や禿、各種奉公人の生活の場であるが、ほとんど仕切りはなく、台所で煮炊きをする匂いや湯気が充満していたし、立ち働いている奉公人の動きまで丸見えだった。もう少し細かく見てみよう。
入口には床机(しょうぎ)が置かれ、床机の前には籬(まがき)が組まれている。床机の横に妓夫(ぎゆう)台があった。これは、遊女を眺めている客に遊女の名前を教えたり、相手が決まった客を取り次いだりする店番(妓夫)が座る台である。入口の通路を進み、暖簾をくぐると、広い土間になっている。土間の一角には井戸があった。土間に履物を脱いであがると、板敷きになっている。続いて畳敷きの広間になっていて、この広間で下級遊女や禿は細長い飯台(はんだい)に向かって食事をした。畳敷きの広間からすぐに二階へ通じる階段が設けられていた。楼主のいる内所から客の昇り降りを見やすくするように、吉原の妓楼の階段は裏向きにつけられていた(乱暴者やお尋ね者を捕まえる際、階段からすぐ外へ出られない配慮からとも言われる)。
楼主夫婦の居場所は「内所」(ないしょ)または「内証(ないしょう)」と呼ばれた。ここからは入口、台所、広間、階段を昇り降りする人間まですべて見渡すことができる。囲炉裏や長火鉢の前に座って、楼主と女房はすべてに目を光らせていた。妓楼は多くの遊女や奉公人を抱え、毎日多数の客も出入りする。商売柄、いろいろな悶着もおきる。妓楼をやっていくには、かなりの経営手腕と管理能力が要求された。才知と同時に、冷酷非情な一面も必要だった。楼主は俗に「忘八(ぼうはち)」と呼ばれたが、『吉原大全』によるとその由来は、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌といった八つの徳目を忘れさせるほど面白い場所を提供する人ということになっているが、実際には遊女たちをこき使い、遊女から金をむしり取る、八つの徳目を忘れた人非人という、さげすみの意味も含まれていたらしい。
「売女(ばいじょ)は悪(にく)むべきものにあらず。ただ憎むべきものは、かの忘八と唱うる売女業体のものなり。天道に背き、人道に背きたる業体にて、およそ人間にあらず。畜生同然の仕業(しわざ)、憎むに余りあるものなり」(『世事見聞録』文化十三年)
このように、女の膏血(こうけつ。あぶらと血、転じて、人が努力の結果得た利益)を 卑賤な家業とさげすまれていた楼主だが、なかには教養人や文化人もいた。例えば、京町一丁目の大見世大文字屋の楼主市兵衛。狂名を「加保茶元成」(かぼちゃのもとなり)といい、狂歌の吉原連の指導者だった。太田南畝ら文化人との交流もあり、大文字屋に南畝を招いて狂歌会がもよおされたこともあった。女房も「秋風女房」という狂名を餅、狂歌をよくした。
内所の背後の押し入れの上部には縁起棚があり、男根の形をした金精神(こんせいじん)が祀られている。そばには、合図の鈴が下げられていた。武士の客から預かった両刀を掛ける刀掛(武士は刀を差したまま妓楼には上がれなかった)も置かれていた。
新吉原に移った頃は台所で客の料理を作っていたが、時代が下るにつれて料理屋が発展し、食べ物を売る行商人も増えたため、妓楼の台所は奉公人向けのまかないが中心になっていった。
便所と内風呂、下級遊女や禿の雑魚寝(ざこね)部屋、奉公人の雑魚寝部屋、お針部屋、昼間行燈を収納しておく行灯部屋、それに楼主一家の居間などは、すべて一階の奥まった場所にあった。
日当たりも風通しも悪い行灯部屋は、病気になった遊女を寝かせておくこともあるし、金を払えない客を監禁しておくこともあった。さらには、遊女の個人的な色事の場として用いられることもあった。なお、二階には遊女用の便所はなかったので、用便のたびに一階までおりてこなければならなかった。
清長「新吉原江戸町二丁目丁子屋之図」部分
丁子屋の一階。右手奥の五つ丁子の家紋を染め抜いた暖簾が掛かかっているのが入口。その左手、階段の奥に鳳凰が描かれた張見世部屋が見える2
山東京伝〔作・画〕『青楼昼之世界錦之裏』
大見世の入口からはいったすぐの土間で、料理番が魚の行商人と値段の交渉をしているところ。右側では床机い禿を座らせ、男の髪結が髪を結っている
北斎「吉原妓楼扇屋の図」
北斎「吉原妓楼扇屋の図」部分
昼見世と夜見世のあいだのアイドルタイムの妓楼一階の様子。まだ客が来ない時間なので、遊女や禿もリラックスした様子。
『北里十二時』
内所の長火鉢の前に座った楼主夫婦。手前の男は商談に来た商人、右端の女に手をひかれているのは盲目の按摩
豊国画『絵本時世粧』
式亭三馬『昔唄花街始』
内所での楼主ミーティングの様子。肩をもむ遊女あり、泣いて謝る遊女あり。
『冬編笠由縁月影』
妓楼の一階。年の瀬の餅つきで賑わう台所と板の間
『青楼絵抄年中行事』 妓楼の一階
「内所花見」花見シーズンに一日営業を休んで御花見休暇をとる妓楼があった。一種の社内レクリエーション。一般客は受け付けないが、気の置けない馴染み客の参加はOKだった。