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はるのこと。〜お醤油卵焼き〜

2021.08.02 15:41

よく寝た。

昨夜は日記を投稿し終えて、即眠れた。

昨日はお昼寝もそんなにしなかったし、たくさん歩いたからかな。

このまま少しずつ、就寝時間を前倒しにしてゆきたい。

朝ごはん。

昨日のパスタが美味しかったのと、今朝はお米の気分で無かったので、全粒粉ペンネで鯖ペペロン。

全粒粉のパスタは、お米で言うところの玄米ごはんみたいなもの。

低カロリー糖質で食物繊維も豊富で良いことづくめ。

通常のものより、歯応えがあって重みのある感じ。

私はそんなに気にならないし寧ろ美味しいと思うけど、苦手な方は苦手なのかな。

業務スーパーで値札を見間違えて、全粒粉なのに爆安!とお会計してみたら、少し高かった。

そうだよね。

うっすら気付いていたけどね。

自分の都合にねじ曲げたよね、現実を。

それでも500g168円だから、全然安いもんである。

勘違いを駆使しないと、通常価格の商品を購入できない節約体質。

これはもはや病では。

目に見える効果や実感があれば、少々高いものでも買う気持ちになれるのだが、なかなか難しい。

食材は特に、しばらく続けて食べないとわからないもんね。

最安値かどうかに加え、質を考えて買える豊かな人になりたい。

これずっと言ってる。

言っていくのも、大切と思う。

形から入ったり、言霊の力に頼ることも時には大切。

以前まで、卵は1日1個までというのが一般論だと思って、なるべくひとつにとどめていた。

でもそれも昔の話らしい。

2015年厚生省の定めるコレステロール摂取量の項目がなくなったことで、コレステロールを多く含む卵も、そこまで消費量を注視されていないそう。

全国鶏卵消費促進協議会では、『私がこんなにキレイなのは1日2個のたまごのおかげ』キャンペーンをしているらしい。

そんな協議会があったんか。

おもしろい。

とはいえ取り過ぎは何事も良くないので、最近は1日MAX2個目安で食べています。


今日はお洗濯物とお風呂掃除などをした。

午後になってもしかして雨音かなと思ったら、ざあっと雨が降り出し、慌てて洗濯物を取り込んだ。

幸い、ほとんど乾いていたので、ハンガーラックに掛けて除湿機の衣類モードで乾かして事なきを得る。

お風呂は、普段あまり手を掛けない天井も拭いて綺麗にした。

今日は最寄りのスーパーにしか行かなかったが、お掃除で良い汗をかいたのでよしとする。

半身浴もいつも通り30分したもんね。

お風呂では読書をする。

般若心経の本を読み終えたので、以前買ってそのままだった星野源氏のエッセイを読み始めた。

まだふたつくらいしか読んでいないが、読み易くて面白い。

明日のお風呂タイムが楽しみだ。

晩ごはん。

今日は出掛けなかったからか、完全2食。

しっかり食べるにはお腹減ってないしなあ、と思っていたら夜になっていた。

朝ごはんが高カロリーだったからかもしれない。

お昼の分を補完すべく、デザートにフルグラを25g用意した。

明日こそスーパー巡りして、果物を仕入れたい。

おかずに長ネギ焼きを作ろうと思っていたのにすっかり忘れていて、それ以外完成してしまったし、調理器具も片付けてしまっていたので諦めた。

明日にでも作ろう。

卵焼きに大葉を混ぜてみた。

美味しいですね。




実家の卵焼きは、何も混ざっていないプレーンがデフォルトだった。

だから、初めて甘い卵焼きを食べた時びっくりしたし、少し苦手だった。

なんだかお菓子のような気がしてしまったのだ。

ごはんのおかずなのに、甘いなんて。

でも、小さい頃の自宅以外のごはんといったら給食くらいだったので、あまり出くわす事無く過ごしていられた。

小学校1年生から仲良しだった友達の中に、はるがいた。

はるかちゃんという名前だが、呼びやすいように"はる"と呼んでいた。

私は幼少期から今現在でも、あだ名を除いて、滅多に女の子を呼び捨てにしない。

そこはなんというか、礼儀と同義な意識があった。

呼び捨てが仲の良さを示す必須項目と思い込んでいる人も結構いて、今まで何人かに、

「ちゃん付けで呼ばないで!」

と懇願されたり憤慨されたりした。

形を取り繕う事で仲良しの中身が満たされる訳ではないのにと思いつつ、相手の要求に応じ穏便に済ませていた。

そういう発言をする人とは、大抵の場合そこまで仲が良くなる予感がせず、訂正したり持論を説く必要性を感じなかった。

そういう事をきちんと理論付けて考えるようになったのは比較的大きくなってからで、小学低学年頃は勿論特にこう思うという思考は無かった。

それでもどこか本能的に、"ちゃん"付けをしている所があった。

そういう中で、はるだけは自然と名前だけで呼んでいた。

今思うと、仲良しの中身が満たされて出たものだったのかもしれない。

小学校に入学して同じクラスになったはるとは、当時流行っていたポケットモンスターのゲームをしたり、漫画の話をしたりした。

学校終わりにお互いの家に遊びに行ったし、うちにお泊まりにきたこともあった。

今思い返してみても楽しかったしたくさん笑ったけれど、その中身がどんなものだったのかは詳しく記憶にない。

はるがにこにこ笑っている顔は、はっきりと思い出せる。


小学校中学年の頃だったろうか。

はるが引っ越すことになった。

といっても、その時住んでいたところから5駅ほど離れたところ。

学校は変わってしまうけれど、沿線だからまた会えるよと母に言われ、また遊ぼうねと約束した。

はるが引っ越してしばらく経ってから、私と友達とで、はるの新しいおうちに泊まりに行くことになった。

はるのおうちは、マンションから大きな一軒家に越していて、駅からは少し歩くが、緑が豊かで素敵な町だった。

そして何より、同じ駅に子供向けの遊べる施設があって羨ましかった。

みんなで1日そこで遊んで、はるのおうちに帰ってごはんを戴き、夜は女の子同士のおしゃべりで夜更かしした。

翌朝、ごはんの時に卵焼きが出た。

少し茶色掛かった卵焼きだ。

昔私の家にはるが遊びに来た時、卵焼きにはお醤油を入れるんだよと言って、作ってくれた事があった。

そんなに入れるの?と思うくらい、目分量でお醤油を入れていて少し不安になったが、食べてみたらすごく美味しい。

甘いのより、全然ごはんに合うや。

私もそのあと、よく真似して作っていた。

「おばちゃん、この卵焼き私好きです、前にはるに教えてもらって。」

と言うと、はるのお母さんは嬉しそうにしていた。

いつもにこにこしていて、とても優しいお母さんだった。


次にはるに会ったのは、中学生になってからだった。

家に電話が掛かってきたか何かで、久しぶりに会おうという話に。

電話口の声に、少しだけ違和感を感じた。

でも、私の知っているはるには違いなかった。

私はその頃不登校気味で塞いでいたけれど、しばらく会えていないはるに会えると思ったら、とても嬉しくて楽しみだった。

それも確か夏だった。

はるの家の最寄り駅で待ち合わせをした。

待ち合わせ場所に来たはるは、少し大人になってはいたが、私の知っているはるだった。

でも、そこでも少し違和感を感じた。

一緒に昔遊んだ施設に行ってみることに。

小学生向けの施設なので、背伸びをしたい年頃の子供には少し窮屈ではあった。

それでも、施設の中は夏なのに涼しかったし、何より、昔はると一緒に遊んだこの場所にまた2人で来られて嬉しかった。

でも、はるは様子が違っていた。

「あー、まじうぜえ。」

私は、電話口で感じてからずっと抱えてきた違和感にようやく気が付いた。

言葉が、はるじゃない。

うざい、とか、だりぃ、とか、はるはそういう乱暴な言葉ばかりを、とにかく口にした。

語尾はだらしなく伸ばして、隙あらば眉間に皺を寄せて顔を顰めたり、舌打ちをした。

私の知っているはるだけど、はるじゃない。

そこに笑顔はなかった。


「ガキしかいねえし、つまんねえから帰る?」

とはるに提案され、私はつまんなくなかったが、はるのおうちにお邪魔することにした。

トゲトゲした言葉や態度はすごく心に痛く響いて、できることならここからワープしてしまいたいっ、と思った。

帰ると言い切るほど自分の気持ちに整理がつかないし、まだどこか以前のはるを見つけようとしている自分もいた。

姿が変わっても、言葉が変わっても、私とはるの関係は変わらないはずだ。

おうちにお邪魔すると、はるは家の人に何も言わず、2階の部屋へ私を連れていった。

私はお邪魔しますとご挨拶しなくて大丈夫かなと心配だったが、自分だけで居間の扉を開くのは憚られたのでそのままはるの部屋に入った。

部屋が荒れていた。

廊下の壁も、かなり傷付いていた。

「兄貴だよ。まじでうぜえ。」

はるには、一番上にお兄ちゃん、次にお姉ちゃんがいた。

引っ越す前から、お兄ちゃんは少し反抗期な空気がしていたが、かなり酷くなっているらしい。

お姉ちゃんとの仲は聞いた事がなかったが、はるは私にお姉ちゃんの悪口をたくさん言った。

お母さんのことも、すごく悪く言った。

愚痴を通り越し、中傷に近い感じの言葉で、私は喉の奥がキュッとなった。

私がお姉ちゃんやお母さんにそういった言葉を吐いたとしたらと考えたら、悲し過ぎて泣きたくなった。

その後、部屋を覗きに来たお母さんに、はるは同じような言葉をぶつけた。

「入ってくんなババア!」

私はあわあわしながらはるを宥め、はるのお母さんに申し訳ないといった顔をした。

チクチクトゲトゲした言葉のオンパレードに、私は耐え兼ねてそろそろ帰るよと切り出した。

もう帰るの?と、はるが少し寂しそうな空気を出した。

はると久々に再会して数時間、初めてはるが見せた受動的な態度。

その時初めて、あの頃のはるの片鱗を見た。

メアド教えてよ連絡するからと言われ、お互いの連絡先を交換して帰った。

帰りにご挨拶したはるのお母さんは、昔と変わらず優しい雰囲気をしていたが、白髪が増えて少し疲れた様子だった。

またねとさよならをして、その後数回電話をしたが、電話口では再び罵倒の嵐。

私は完全に気が滅入ってしまい、連絡がきても応対する気力が無くなってしまった。

それきり、はるとは会っていない。


今日卵焼きの味付けをどうしようかなと考えていて、ふと、はるのことを思い出した。

せっかく思い出したんだからと、卵液にお醤油を垂らす。

はるみたく、真っ茶色になるほど入れるのは塩分が心配なので、顆粒のだしの素と調理酒を加えて味を整えた。

はるは、今一体どんな人になって、どんな生活を送っているのだろう。

きっとあの時のはるは、環境の変化や成長過程の色々な心境もあって、止むを得なかったのだろう。

そういう時が、人にはある。

私にもそういう時があった。

大切な人に悲しい思いをさせた事もある。

姿は変わるし、言葉も心も目まぐるしく変わっていく。

だから、あの時あのタイミングで再会した私とはるの関係も、変わった。

でもそれは、悪い事じゃないし、悲しい事じゃない。

耐え忍んでまで、誰かとの縁にしがみつくのは違うと思う。

形が変われば、収まる場所も変わる。

私は正直言って、あの日のはると離れられてほっとした。

はるも、あの後新たな縁ある場所に導かれ、我慢できないイライラを言葉に込めて存分に放つ事で、心のバランスを保つ事が出来たかもしれない。

私が無理矢理はるの側に居て、そういうの良くないよと制するのは違うと思うし、私が耐えられず胸を痛め続けるのも違う。

過去の選択、その結果である現状に、正しいも間違いも適合しない。

ただ、あの日はるが教えてくれたお醤油入りの卵焼きは、今作っても変わらずに美味しくて。

何をして遊んだのか詳しく思い出せないし、最後はすごく不愉快な思いをしたけれど、私にとってはとても大切な友達だったのだな。

はるの住んでいた一軒家の近くには、お野菜の無人販売の場所があった。

その当時はお菓子作りにしか興味が無かったけれど、今なら食い入るように眺めていると思う。

そんな、どうでもいい余談ばかりが溢れてきて、思い出がより鮮やかに蘇ってくる。

SNSやなんかで調べたら、スッと出てきて繋がれるのかもしれないが、私はそんな情緒のないことを敢えてする程悪趣味ではない。

あの夏の楽しさも、胃がキリキリするような思いも、ちゃんと大切に、心に仕舞って生きていたい。

指先ひとつではないご縁があれば、また顔を合わせたい。

その時も多分、はるって呼べると思う。

形や関係が変わっても、変わらないものもあるのかもしれないと思った。

単なる思い出補正かもしれないけれどね。

お醤油卵焼き、美味しいので是非お試しあれ。