第4章 その2:「くちびる事件」
AC療法1回目の投与を終えて一週間がたった頃、やっと、心身ともにすっきりしてきた。何でも食べられるし、仕事の意欲も戻ってきた!
運転もした。車のシートベルトが胸のしこりを圧迫して痛かったけれど、外出できるということがうれしかった。
体調の回復は感じたものの、胸のズキズキは続いていた。
痛みの原因はやっぱり気になったけれど、常に痛みと共にあるということには、慣れつつあるかもしれなかった。
これまでになかった症状として、喉のつまりを感じるようになる。唾ものみ込みにくくなり、自分の喉が3倍くらいに腫れたんじゃないかと思ったけど、腫れてはおらず、感覚的なものだった。これも副作用の一つということだった。
そんな喉のつまりがひどくなってきたころ、私が正しい知識に基づいて対応しなかったため、「くちびる事件」が起こってしまった。
免疫力の低下を甘くみていて、乾燥して唇の表面が剥けてきたのを、何の気なくピッと剥がしてしまったのがいけなかった。この箇所がすぐさま膿んできた。まさか、薄皮を取っただけで膿んだりするなんて!
この痛みには2週間ほど悩まされた。常時、白色ワセリンをこんもり塗り、就寝時には唇をラップ。「いっそのこと唇を切り落としてほしい」とまで思った。
喉の違和感をきっかけに、舌がしびれて味覚がない。口唇炎というものができたのも初めてだ。口のまわりにどんどん異変が起こっている。そういえば、口だけではなく鼻も妙な感じだ。匂いに敏感になったような気がする。
これらは全部「よくある副作用」なのだろうか…。
そうでなかったときのために、念のために尾田平先生に経過確認をしていただきたいな…と思い始めた。先生は杏莉のことを覚えてくれているのだろうか。
夜、生理が始まった。血液量は少なかったけれど、生理がきたということが少し驚きだった。抗がん剤でこれだけの副作用が出ていても、可能な限り粛々と機能を続ける人間の体って、ほんとうに不思議だと思った。