「いざ吉原へ」13 遊女(1)手練手管
売れっ子になる遊女の条件として、『部屋三味線(へやさみせん)』(寛政年間)は、「一に顔、ニに床(とこ)、三に手」をあげている。「顔」は美貌、「床」は寝床での性のテクニック。床には、吉原の遊女ならではの秘技や秘伝があり、楼主の女房や遣手、先輩格の遊女によって「床上手(とこじょうず)」に仕込まれた。
では「手」とは何か?手練手管のことだ。妓楼は、遊女たちに男を感激させるような性技を習得させるいっぽうで、「感じるのは遊女の恥」と教え込んだ。遊女にとって客との性行為は仕事。しかも、一日に何人もの男を相手にしなければならない。本気で感じていたら疲れてしまう。そこで、心理的な不感症に仕立てたのである。しかし、遊女が全く冷静だったら客の男も白けてしまうので、おおいに感じているふりをして相手の興奮をさそった。要するに演技。例えば、情交を終えた後、こう打ち明ける。
「恥ずかしいことでありんすが、マア、このようなことは、わたしゃありんせん」(おまえさんとの情交で初めて絶頂を感じた)
「傾城に嘘をつくなと無理をいい」
たんまり金になると思える客には、起請文(きしょうもん)を書いたり、小指を切ったり、男の名前を腕に彫ったりして、遊女の誠意の証とする。起請文は熊野神社などが発行する厄除けの護符に、神仏に誓って自分の言動には嘘偽りはないと記したもので、それを客に渡したり、目の前で呑み込んでみせて愛情のしるしとする。「罰当たり女郎の百枚起請」と言われるが、遊女の誓詞は七十五枚まで神仏がゆるしてくれると言われた。
「傾城は何ンの苦もなく指を切り」
切指は、実際には死人の小指を買ったり、粉細工の偽物をつかったりしたようだ。また入れ墨は、互いの二の腕に「〇〇命」と入れるが、その客と分れたり、新しいよい客ができたりすれば、前の名前は艾(もぐさ)で焼き消した。
「女郎の実(まこと)と玉子の四角、あれば晦日(みそか)に月が出る」
太陰暦の当時、晦日=月末は闇夜で月は出ない。これは遊女の言葉に真実がないことのたとえ。効果的な嘘のつき方は手練手管のひとつとして、先輩格の遊女から若い遊女に伝授された。幼い頃から妓楼で生活している禿は遊女の言動を見聞きする中で、自然と覚えていったであろう。
しかし、大身(たいしん。位が高く、祿高の多いこと)の武士や豪商、文化人などの乗客をとりこにするには、それだけでは足りない。教養も欠かせない。そのため、妓楼は抱えの遊女にいろいろな教養を身につけさせた。とくに幼い頃に売られてきた禿には手習いをさせ、読み書きができるようにした。手習い師匠(寺子屋師匠)が妓楼に来て、禿に字を教えたのである。妓楼が手習いに力を入れたのは、手紙が重要な営業手段だったからだ。
「けさ駕籠でかへりし客へほどもなく また書きおくる傾城の文」
遊女が手紙を書いたり読んだりしている浮世絵は数多いが、遊女は客の心をつなぎとめるためにせっせと手紙を書いたのである。手習いだけではない。遊女は吉原の外に出ることができないため、各種の師匠を妓楼に招き、出張教授をしてもらった。その内容は、書道、活け花、茶道、和歌・俳句、琴・三味線、囲碁・将棋にまでおよんだ。遊女評判記『傾城觿(けいせいけい)』(天明8年)には、六軒の妓楼合わせて29名の遊女の品定めがなされているが、それぞれの得意分野について次のように紹介されている。
松葉屋瀬川 書、茶、和歌、香、琴 丁子屋唐琴 琴、香、画
扇屋滝川 茶、琴、香、碁、双六 扇屋湖光 茶、書、琴、三味線、香
『大晦日曙草子』切指
『九替十年色地獄』
切指。刃物を押さえているのが遣手で、急須を振り上げているのが番頭新造と思われる
『大晦日曙草子』入墨
起請文に使う熊野牛王
歌麿「逢身八契 お半長右衛門の楽顔」
「近江八景」に「逢身八契」をあて、「落雁」は女性の「楽顔」。笑顔のお半と年配の長右衛門という心中事件の主人公を描いている。「左上のコマ絵は堅田の落雁」。長右衛門が持っているのは浄瑠璃《桂川連理柵》の「娘」のかしら、すなわち「お半」の人形。心中した女が心中の相手が持つ自分の人形を見て笑っている。
歌麿「逢身八契 椀久松山の情乱」
遊女が自分の着ている衣で恋人を包んでいる。
歌麿「太夫花見立 芍薬 江戸町一丁目 扇屋内 花扇」
手紙は遊女の重要な営業ツール。自分の紅や香りを手紙に移すなどの手練手管を駆使して、客の来店を催促した。
清峰「東錦美人合 文」
国貞「新板錦絵当世美人合 秀佳きどり」 手紙を書く花魁
春信「見立七小町 鸚鵡」 禿に文を託す遊女
磯田湖龍齋「雛形若菜の初模様 角玉屋内 みやと」
衝立に揮毫する、江戸町一丁目玉屋山三郎抱えのみやと
渓斎英泉「契情道中双六 見立よしはら五十三つゐ 大津 佐野松屋内 大里」
絵を描く遊女
渓斎英泉「契情道中双六 見立よしはら五十三対 かなや 尾張屋内 長登」
俳句を詠む遊女
清峰「青楼四季之詠 京町壱丁目 つるや内 篠原」
茶をたてる京町一丁目、鶴屋市三郎抱えの篠原
渓斎英泉「契情道中双六 見立よしハら五十三つゐ かけ川 倉田屋内 文山」
琴を弾く遊女。琴だけでなく三味線なども弾ける遊女もいたが、三味線は芸者任せにすることが多かった。