遺伝性の病気 ~股関節形成不全症~
大型犬の遺伝的に起こる病気のひとつとして「股関節形成不全症」があります。 股関節形成不全症の犬は、歩き方や座り方に異常がでます。また、関節が正常な位置にないことが原因で股関節炎を起こすこともあります。
今回は、そんな大型犬によくみられる「股関節形成不全症」についてお話しします。
股関節形成不全症ってどんな病気?
股関節形成不全症は骨の変形により股関節がうまくかみ合わないことで起こる病気です。多くの場合、大型犬の急激な骨の成長に筋肉の成長が追いつかなくなることで起こります。骨と筋肉の成長にアンバランスが生じると股関節は不安定になり、大腿骨の先端である骨頭が寛骨臼(かんこつきゅう)と呼ばれる骨盤のくぼみにしっかりとはまらなくなるため、股関節は常に亜脱臼の状態になってしまいます。
そのため、股関節形成不全症の犬は後ろ足の動きや座り方に異常がでます。また、関節が正常な位置にないため股関節炎を起こすこともあり、その場合は歩行時に痛みが生じるため、犬は歩くことを嫌がります。
どんな子に多いの?
遺伝性の病気のため、股関節形成不全症と診断された両親から生まれてくる子犬の約80~90%はこの病気の可能性があるといわれています。また、股関節形成不全症ではない両親から生まれた子犬でも、25%がこの病気を持って生まれます。これは、両親のさらに親の代に股関節形成不全症を持っている場合です。大型犬で親や先代からの遺伝子を受け継いでいる場合は、高い確率でこの病気になってしまうといわれています。
また、この病気の発生や症状の悪化は、運動のさせ方や生活環境も大きく関わっています。太りすぎの犬は要注意です。特に発育期の子犬の場合、ついつい栄養価の高い食事をたくさん与えてしまいがちですが、肥えすぎた体重は骨格形成が完全にできていない股関節に大きな負担となり、形成不全を起こりやすくしてしまいます。
発症時期
股関節形成不全症の多くは、大型犬の場合では骨格の形成が完了する2歳頃までに症状として現れますが、成犬になってはじめて症状を示す場合もあります。発症されるのがもっとも多い時期は生後6~8ヶ月くらいの頃で、早ければ生後3ヶ月くらいから股関節の異常が目立ってくることもあります。
しかし、犬によっては重度な場合でも1歳を過ぎると痛みが自然になくなり、その後ほとんど症状が出ない時期がくることもあるため、飼い主さんは治ったと思い込んでしまい、安心して激しい運動をさせることで症状が悪化することがあります。
なお、成犬になってから症状が出た場合では後肢の筋肉が萎縮し、スムーズに座ったり歩行することが困難になることがあります。
股関節形成不全症でみられる症状
【横すわりをする】
正常な座り方をすると股関節に負担がかかるため、横すわりをしたり、あぐらをかくような座り方をします。
【腰を振って歩く】
股関節が正常に形成されていないため異常な歩き方となり、腰を左右に振って歩きます。これは股関節形成不全症の特徴的な症状で『モンローウォーク』と呼ばれます。
【ウサギ跳びをする】
股関節の負担を少なくするために両後肢を同時に動かして走ります。
【立ち上がるのに時間がかかる】
立ち上がる際は常に後ろ足に負担がかかるため、正常より時間がかかってしまいます。
【高いところに登るのをためらう】
股関節形成不全症の犬は、ジャンプなど後ろ足を使う時に股関節に痛みを伴うことがあるため、高いところに登るのをためらう場合があります。
検査方法は?
股関節形成不全症と診断するには、歩き方の検査や麻酔をかけておこなう身体検査がありますが、この病気と確定するにはX線検査を行うことが一般的です。
1歳以下の時期にすでに症状がある場合は、その時点でX線撮影により診断することができますが、子犬の頃あまり症状が現れずにはっきりと診断できなかった場合でも、股関節が完全に形成される2歳頃までにはX線検査によりおおよその診断をすることができます。
症状別で異なる治療法
症状を起こしている犬の年齢、関節のゆるみや進行の程度によって治療方法を決定します。主な治療法は薬で痛みを抑えたり外科手術を実施することですが、特に手術は成功すれば痛みをはじめとしたこの病気の症状をほとんど取り除くことができ、犬の生活の質の改善に大いに役立ちます。
《軽度の場合》
関節の炎症が治まるまで消炎鎮痛剤の内服や、運動制限を行ないます。また、成長期の犬に対しては急激な体重の増加や栄養過多を防止するために食事制限を行います。食事の量を通常の70~80%にすることによって、その後良好な生活を送れる可能性は70%以上という報告もあります。
《重度の場合、もしくは長期にわたって症状がある場合》
食生活の改善や内服薬などで病気の進行を抑えられない場合は外科手術が必要ですが、犬の年齢や病気の状態によって方法が異なります。
【大腿骨頭切除術】
股関節を形成する大腿骨の先(骨頭)を切断して取り除いてしまう方法です。骨が自然治癒していく形で繊維性の丈夫な結合組織による偽関節を作るため、「偽関節形成術」ともいわれています。手術の中でもっとも簡便な方法ですが、この方法の場合、関節の運動範囲が制限され筋肉量は回復しないため、体重20キロ以上の犬ではあまり予後が思わしくないことが多いです。
【骨盤3点骨切り術】
生後5ヶ月~1年くらいの子犬の場合は骨盤を形成する「腸骨」「恥骨」「坐骨」をそれぞれ切断し、骨盤のくぼみである寛骨臼の角度を変えて大腿骨頭が脱臼しにくいように整形する方法です。まずは片側の手術を行い、4~6週間後にもう片方の手術を行ないます。
【股関節全置換術】
障害のある股関節を人工関節に置き換える方法で、重度の股関節形成不全症や変性性関節炎、骨頭切除術では対応できない症状などに対して行ないます。骨盤のくぼみに樹脂製のカップをつけ、大腿骨の先を切断して代わりにステンレス製の人工骨頭を埋め込む大きな手術です。股関節形成不全症の犬の治療法として非常に優れており、もっとも有効な方法ですが、人工関節の値段は非常に高く、この手術に対して経験豊富な獣医師がまだ少ないため、一般化するには時間がかかるのが現実です。
股関節形成不全症の注意点
【子犬期の食事制限】
股関節形成不全症の素因を持っている場合は生後2ヶ月頃より食事制限を開始します。通常与えるより少なめの70~80%程度の量を、成長段階に合わせた良質なフードだけ使用して発育させることで、発症は減少されるといわれています。
なお、骨の病気だからといってカルシウムを与えすぎてしまうと、逆に体にとっては有害となってしまいます。子犬用のフードには十分なカルシウムが含まれているため、きちんとした量を与えていればカルシウム不足になることはありません。栄養のバランスが整ったドックフードだけで育てるようにしましょう。
【体重制限】
股関節形成不全症の犬のケアで重要なもののひとつが、肥満にさせないことです。肥満にさせると股関節に負担がかかり症状が悪化してしまうため、体重のコントロールが非常に大切です。
【運動制限】
子犬期の運動管理も非常に重要です。運動時に痛みが出るようなら、運動量を考える必要がありますが、この病気を予防するには筋肉の適度な発達が不可欠なので、無理のない範囲で散歩や運動を行いましょう。
【交配をさせない】
大型犬の遺伝病といわれている股関節形成不全症は、繁殖の問題が病気を広める主要因となっています。そのため、この病気にかかっている犬はもちろん、その子自身が発病していなくても親や兄弟にこの病気の子がいる場合は交配をさせないようにし、生まれてくる子犬たちのことも十分考慮しましょう。
【子犬選びは慎重に】
まず第一に病気の遺伝的素因を持たない子をいかに選び、育てるかが重要視されます。生後5~8ヶ月の急激に成長する時期に筋肉の発達と骨の成長のバランスがとれていて、股関節の形態が正常であれば、この病気が発症する可能性はほとんどありません。
【なにより大事なのは、痛みを抑げること】
たとえ股関節形成不全症であっても、犬が痛みをほとんど感じず日常生活にそれほど障害がないのなら、手術を考える必要もあまりありません。問題は犬が感じる「痛み」をいかに減らせるかどうかです。傷んだ関節を修復するサプリメントを飲ませたり、それでも痛みがある場合は消炎鎮痛剤を一緒に飲ませるなどして、痛みを抑えてあげることがとても大切です。
まとめ
最近では犬においても「クオリティー・オブ・(アニマル・)ライフ」という言葉が使われるように、人間と同様に“生活の質”を高めることが考えられるようになってきました。そして実際に犬の痛みを抑え、穏やかに過ごせる時間を少しでも多くすることが生活の質を高めることにつながっていくのです。
犬の年齢や病気の状態に応じてどのような治療法がもっとも適切なのか、犬の「クオリティー・オブ・(アニマル・)ライフ」を高めるには何をしてあげられるのか、その子にとって一番ふさわしいと思う方法を選んであげましょう。