取材という名の営業について
先日、知らない方から1通のメールが届きました。
YOGAレッスンのお問合せ等、見知らぬ方からのメールは比較的沢山頂くので(まあ迷惑メールも多いけど)、その類かな?と思ったんですが、タイトルが「出版・お取材の件です。」。
内容としては、私は出版社の者ですが、あなたのHPを見て感銘を受けました。ついては本を出しませんか?まず取材をさせて頂きたい・・・というお誘い。この方の文章がとても丁寧で、かつ、私のHPをきちんと読んで下さっている内容で、そのことは素直に嬉しく有難く感じました。
ですが、最後まで読んでいくと・・・
「金額の一部負担や審査等もあるという前提」という言葉があり、ああ、これはそういう営業か、と(๑⁺д⁺๑)
頻繁にブログを書いてる方なら、こういうメール貰うこともよくあるでしょう。
でも、最近の私は月に2~3回しか更新してないし、ランキングとかにも参加してないし、一体どこをどうサーチしたら私のブログが引っかかるのか謎なんですが・・・まあそのあたりはノウハウがあるんでしょうね。
この出版社さんのHPを見てみると、私と同じようにメールを貰って、引き受けて書いたであろう人達の本が、た~くさん並んでいます。そしてこれらの本は、一般書店に並ぶことはなく、Amazonだけでの取り扱いなんだそうです。
つまり一般流通はなし。在庫もなし。注文が入ったらその都度印刷という、なかなか画期的なビジネス(Amazon PODというらしい。厳密に言うと、Amazonでの売れ行きが良ければ書店にも並ぶらしいけど、その具体的なラインはわからない)。
で、こういうビジネスモデルが成り立つのって、いくらネットが普及して紙の書籍がジリ貧になっても、やっぱ、ある種の人達が持つ「執筆・出版願望」が根強くあるからなんだろなあ、と感じたわけです。
そもそもブログを書くのだって、自分の文章読んで!っていう魂の叫び(*゚Д゚)/
そういう人達が、出版社を名乗るメールで「執筆依頼」されたら、そりゃあ嬉しいし舞い上がるよな・・・(はい私も一瞬舞い上がりました!)
でも、紙の本を溺愛する者としては、最近の「出版物の劣化」はマジで危ないと思ってる。特にムック本の多さと、その内容の薄さにはびっくりだし、手に取りたいと思うのがほぼない。
他の本も、これ突貫で作っただろ・・・って造作の物が結構あります。
具体的には、誤植とか文節の間の妙な空白とか(紙じゃなくてデジタルの画面で校正してるからだと思うんだけど)。
オンデマンド印刷技術が発達して、紙の本という形になるまでの工程が簡略化されることで、お手軽化が進んでいるんですよね。
例えば、同人誌ってあるけど、あれだって昔は入稿や校正とか、印刷屋さん巻き込んだりして、でもきちんとやってた。お手軽化はこういうシーンにも反映されているんだろうか・・・最近ご無沙汰だからまた買ってみようかなあ。
で、お手軽になるってことは、自然、そこに込める熱量(というかはっきり愛情)が薄まってくるのは仕方ないことで、そうなると、自費出版の思い入れ度も同じ道を辿りますね。
従来は、自費出版って、相当の覚悟と労力とお金を使って、それと、それなりに名のある出版社から出すことのステイタスなんかも込みで、だからこそ出版できた時の喜びが大きかったと思うのですが。
・・・なんてことを考えてたら、
今は、出版物というものにそんなに価値を置いてない人が多いのかな?
名刺のちょっと大きいの、みたいな感覚で自分の著作を出すとか、つまり、出版物を自分の「作品」としてより「ツールの1つ」として利用する人が多いのかも、なんて気がしてきました。
これは著作とは違うけれど、
HPを拝見しました、という書き出しで、雑誌等の広告掲載の営業メールも結構きます。
ネット上で「自己表現」する人達に、ぶわ~っと網をかける手法のビジネスが定着してるんだなあ。
いずれにしても、自己表現の行き着く先を自分なりに見据えていないと、いろいろしんどそうですね。
今回のお誘いは、勿論お断りさせて頂いたのですが、でも、表現するという行為からこういう派生があるのか~と意外な驚きがあって面白かったです。
あと、単純に嬉しかったですね。全然知らない人が(営業とはいえ)私みたいな者の文章をちゃんと読んで感想を書いて下さって、細々とでもブログ続けてて良かったと思いました。
G社のKさん、有難うございました。