偉人『エドガー・ドガ』
バレエ好きな人は彼のエトワール(踊り子)作品の虜になる。印象派の画家に属していながら他者とは違うものを生み出した。モネやルノワールが屋外の光を求め見えたものを感覚的に表現したのに対して、ドガは屋内の光の表現をデッサンという線描写と構図に力を入れて画いた緻密な画家である。
1834年銀行家パリ支店長の父とアメリカ・ニューオリンズの裕福な家庭出身の母の間に長男として誕生。何不自由なく育った彼は11歳でパリの名門ルイ・ル・グランで学びラテン語やギリシャ語の古典を多く学んだ。しかし13歳の頃大好きだった母が第七子を出産後死亡し、彼は広い屋敷で落胆し過ごす。もともと芸術に造詣の深い父は息子を美術館へ連れ出し慰めた。学校を卒業した後ルーブル美術館の模写生になるも父の意向でパリ大学で法律を学ぶことになった。しかし絵画を諦める事ができず父を説得し国立美術学校に入学する。今でいうところの東大を退学して東京芸大に入学するようなものだ。彼の画家人生はこうして始まったのである。
ドガが一流の画家として活躍できたのには2人の人物から授けられた言葉が深く関係している。今回は思春期頃に子供に与える言葉の重みをドガの人生から読み解いてみる。
最初にドガに影響を与えたのは祖父はルネ=イレール・ドガである。彼はフランス革命に時にイタリアへ亡命し、銀行家として成功を修めた。ドガが描いた肖像画からも分かるように大変厳しい人であったが孫の人生を決定付ける言葉を授けた。一代で異国に銀行を設立し母国に支店を出すほどの行動力と野心のある祖父言葉には説得力があり、孫のあるべき姿とは何かを確りと見守っていたからこそ投げ掛けた言葉であろう。
「己の成すことを成せ」
ドガはこの言葉を心の支えにして画家の道を走り出したのである。
そしてもう一人ドガに影響を与えた人物がいる。巨匠ドミニク・アングルである。
「記憶や自然に基づいて多くの線を描きなさい」
ドガは師と仰ぐ彼の言葉を忠実に守りながら古典から線描写を学び、光の描写に拘った印象派のモネやルノワールなどの筆触分割という不明確な技法とは一線を画し、緻密な線描と屋内の光を表現したのである。彼の描く肖像画やエトワールたちを見ればその違いに気づくだろう。
彼は先ず人に流されず我が道をコツコツと物事を成し遂げていく強さがあり、拘りがあって納得いくまで徹底的に作品を仕上げた。作品によっては10年かけ完成したもあり、祖父の言葉通り自分自身が今できることを実践し、師の言葉を真剣に受止めて描く踊り子たちの美しい手の動きや一瞬の中に光る永遠の美と魅惑、何気ない動作全てに独自性を持たせることができた。
人は人生に於いて忘れられない言葉を一つや二つ持っているだろう。しかし特定の言葉が胸に染み入るのは言葉の意味を理解できる年齢に達してからである。乳幼児や小学生は言葉の理解が追いついていないことや思考を深める経験不足から心に言葉が染入る、刻まれることが大変少ないものである。この年齢の時には子供の存在を喜んだ愛情表現の言葉のみを確りと伝えることに徹するべきである。
また言葉の理解も必要だが相手を思いやることや気持ちを考えさせる経験値を育てることだ。人生には人から受ける誉め言葉・社交辞令・叱咤・激励・苦言・皮肉・罵倒・・・がある。これらの言葉に一喜一憂せずに全ての言葉に人生を前進させるヒントがあるのだと常日頃から受け取り方の学びをさせるべきだ。その様に幼き頃から育てることにより生き方がプラス思考で働く。さすればドガのように人生を支える言葉に出会いすべき事を全うすることもできるであろう。何気なくふと思い出すフレーズをヒントに行動したり、思い悩むときには親や祖父母から教えられた言葉を思いだす事もできる。人との会話の中で得たもの、読んだ本の一節、スクリーンの中のセリフ・・・いろいろな言葉を思い出し自分の生き方に反映できるだろう。
言葉の豊かさを得るには語彙の学習も必要だがそれよりも親の教えと言うものが考え方に深く影響することを理解するべきである。
ドガは子供の頃大好きな母と兄弟たちに囲まれ幸せな時間を過ごしたが、母の死後かなり寂しさを味わい多感な時期に人との交流を学べなかったことから人との交流が苦手で評判は良くない。しかし彼の人生を知れば知るほど愛情に溢れていた人物であることが分かる。事実孫のような年齢の離れた貧しき踊り子や苦労して働く女性との優しさ溢れる交流、弟が目の不自由な妻を捨てるように離婚した時には激高し、父親や弟の負債を作品を売って返済したり、末の弟を可愛がる様子、道端に咲く花を手折ろうとした知人にそっと咲かせておくように助言し、女流画家のメアリー・カサットには画家として助言を惜しまない、究めつけは若くして死別した母のウエディングドレスを生涯大切にしていたそうだ。
人には生き方の道しるべになる助言は必要だが何より心穏やかに生きるための言葉を閃々と浴びることが必要だとエドガー・ドガより学ぶことができる。