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#003 食事について―ベトニク

2021.08.07 15:31

 ミルの引越しの手伝いは一段落ついた。買い物もバスティアンと一緒に行けばいいのではと提案したら、君はあんなタトゥーを入れた男に家具を選ばせる勇気があるかと問われた。ミルは僕のタトゥーのことを知らない。もし見せていたら、僕も声をかけられなかっただろう。

 解放されてすぐにアズルに会い、今日はベトニクに行った。初めて訪れる土地だった。やるべきことがあまりに多いので、よほど重要な用件がない限り新しい土地へは足を運ばないことにしている。ニューライフの祭りのときでさえも、ベトニクの話をされるたびに遠慮していたのだ。

 ベトニクは小さな島で、石と革と切り倒したままの木で作られた不思議な造りの城(あれは城だろうか? アズルに確認するべきだった)のほかには、小さな集落と港、それとドミニオンの土地で見たものより控えめなアイレイドの遺跡しかないように見えた。反対の西側の海岸沿いには別の景色があるのかもしれない。アズルとはまたここへ来ようと約束した。約束? いや……とにかく彼とそう話し合った。

 着いたときは港へ向かうのをためらうほどの激しい雷雨だったが、船の上で会話を交わすうちに雨は嘘のように止んだ。夕暮れの柔らかな日差しに照らされる水面と若い色の木々が美しく、アズルにそれを伝えようとすると、彼は少し高揚したような声色で「一緒にこの景色を見られてよかった」と言った。彼がそう感じてくれたことは僕にとっても大きな喜びだった。

 問題はそこからだ。話題が食事のことになり、アズルに最近食べた物を尋ねられた。彼は僕のバンコライの家にまともな食材や調理器具がないことを知っていて心配してくれているようだ。料理が苦手なので、家にはパンとリンゴとチーズしかない。その代わり外へ出かけたときにきちんとしたものを食べるようにしている。しかし驚いたことに僕は前回きちんとした食事を食べたのがいつなのかを思い出せなかった。いや、正直に言うとそれらしい記憶に思い当たったのだが、それはアズルと数日前に出かけたときの記憶だった。それを口には出来なかった。

 アズルに同じ質問をすべきだったと今になって思う。僕は戦闘の前でもウィッチマザーの強力醸造薬しか飲まない。食べることが嫌いなわけではないが、こだわりがない。ミルやダンデは料理が得意で、ミルが気まぐれでご馳走してくれる料理は絶品だ。でも同じものを家で作りたいとは思わないし、毎日食べたいとも思わない(リマインド:ミルには絶対に言わないこと)。アズルは毎日何を食べているのだろう。今度食事にでも誘おう。もちろん僕の家ではなく、肉しか出さない(あるいはカエルを食べることを強要してくる)ヴァレンウッドでもない場所で。

 ベトニクの祭りは肉を食べさせられると聞いた。今年もきっと参加できないだろう。でもあの夕暮れの美しい風景をまた見られるというなら、考えを改める必要があるかもしれない。そのときは肉の端をかじるくらいは我慢しなければ。