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心の花びらき ♪

“正しさの箱”から、“優しさの泉”へ。

2017.02.13 00:26

正しいこと。

それは、もちろん大切なこと。

“正しい”かどうか?

判断して、選んでいくのは必要なこと。

けれど、

「正しさ」は、ときに自分を縛り、他人を縛り、

いつの間にか 世界を 狭く狭くしてしまう枠のようなもの。

わたしの“正しさ”は、誰にとっても“正しい”とは限らない。

当たり前だけれど、忘れがちなこと。


そして、

“正しさ”は、ときに 自分や他人をいじめてしまう。


そして、“正しさ”には、限界がある。


そこを、“優しさ”に 変換してみたら、どうかな。


たとえば、今まで


“正しさ”ゆえに、

「白砂糖は、からだに悪いから、やめましょう。」と、自分自身に言い聞かせていたのに、なかなか出来ないで食べてしまっていたことも。


“優しさ”ゆえに、

「わたしのからだが、白砂糖で冷えてしまったり、血液が汚れてしまったりして、とてもしんどいだろうから、もう少しいたわろう。」と、


同じことを選択しようとしているのに、

こうも違うのは なぜでしょう。(*^^*)



正しさは、葛藤を生みやすく、なぜか ぶつかりやすい。

優しさは、摩擦をやわらげ、包むように促していく。


わたしは、“正しさの箱”の中に居たとき、

とてもとても窮屈だった。

苦しかった。

だから、自分に課した目標も、なかなか続かなかったり、

自分以外の誰かへの視線も、厳しかったのでは、と思う。


正しさの箱の中で、

自分や物事、そして他人をジャッジすることをやめると、

どんどんどんどん、優しくなれます(*^^*)


別に、優しくしよう、とか

優しい人になろう、とか考えて行動しているわけではないけれど、

きっと、“正しさの箱”から外に出ることで、

無限に広がる優しさに触れることが出来たからなのでしょう。


“優しさの泉”は、やわらかい。

そんな 泉のように尽きない優しさで、

自分や世界を、見てみよう(*^_^*)


自分をそっと、包んでみよう。


それは、世界を“あい”で包むことと、おんなじ氣がするのです。