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ぼくはこんな本を読んできた 他

2021.08.10 15:27

  本書は、少し前に紹介した「田中角栄研究全記録」で知られる 立花 隆さんの読書論、読書術、そして立花さんが「週刊文春」に連載していた書評「私の読書日記」をまとめて掲載したものです。

       一言で言うと、とても知的好奇心を掻き立てられる本です。立花さんは「知りたい」という欲求は、人間の根源的なもので、その延長上に「読書」という行為がある、と言います。   本書の中の「知的好奇心のすすめ」でも立花さんが以下のように書いています。「人の進化の推進力になったのは『人間が持つ知的欲求』である。科学者を始め知識欲の強い人々にとっては、『どうしてそれを知りたいのか?』 と問いつめられてもぎりぎりのところでは『知りたいから知りたいんだ。』ということしかなく、それは人間が本来持っている性質で、そういう純粋知的欲求を強く持っていたから、『文明社会』を築くことが出来た」。そして「人間の知的欲求というのは、その人間の本質部分をつくっていく、もっとも根本的なドライブ要因でもあり、知的欲求を常に新しいものに振り向けられる人間は、永遠に内部的に成長を遂げていくことが出来、そういう生き方こそが本当の意味で人間としてより良く生きるよいうことではないか。」と立花さんは語ります。

  うーん。。。そういえば、ヒトの「知的欲求の追求」と言えば、前に読んだユヴァル・ノア・ハラリさんの「サピエンス全史」にも同じような主旨のことが書いてありました。ハラリさんは、人間が(他の種を差し置いて)地球上で支配的地位を獲得できたのは、人間だけが「想像力」「虚構」を創造する能力を持っていたからである、と「サピエンス。。」の中で書いています。 例えば、文明都市で生きる人間の利害対立の交通整理のためになくてはならないのが「法律」ですが、「法律」というのはモノではありません。書物に書かれた一種の「概念」であり、人間が共同生活をする上で必要な利害調整のために想像(創造)した、「約束事」(虚構)なのです。 同様に文明社会で必要なものに「通貨」があります。「通貨」も大切なことは、それが何からできているか?というモノとしての価値ではなく、その「通貨」に人間が意味づけした「価値の保有、価値の交換、価値の持ち運び」という「概念」を持たせたことが重要なのです。 言葉は違えど、立花さんもハラリさんも人間の進化のドライブになっていたのは「考える力」であり「知性」と考えているのです。

  立花さんは、個人の欲求が人類の知の総体を日々拡大している現代において、一人一人が(現在の)人類の知の総体がどういう方向に発展しつつあるか、ということに関心を持つことが、現代における有意義な読書活動である、と説いています。

  こうした「知的欲求」を追求する、立花さんの「読書」は、当然、単なる教養の吸収に留まるものではなく、例えば、本書においても本人が語っていますが、一冊の本を書くにあたっては、まずそれに関する書籍を100冊以上読破し、それに自ら行った取材取材を基にして書きあげる、という、とても主体的かつ実践的なものです。では、こうした読書論を持つ立花さんが考える主体的かつ実践的な読書術とはどのようなものでしょうか。。本書で紹介されていますので、以下に箇条書きにします。

1,金を惜しまず本を買え。2,一つのテーマについて、一冊の本で満足せず、必ず類書を何冊か求めよ。3,選択の失敗を恐れるな。4,自分の水準に合わないものは、無理して読むな。5,読みさしでやめる本でも一応終わりまで繰 ってみよ。6,速読術を身に付けよ。7,本を読みながらノートを取るな。8,人の意見やブックガイドのたぐいに惑わされるな。9,注釈を読み飛ばすな。10,読むときは、懐疑心を忘れるな。11,オヤと思う箇所に出会ったら、必ず、著者がこの情報をいかにして得たか考えよ。12,何かに疑いを持ったらいつでもオリジナル・データにぶちあたるまで疑いをおしすすめよ。13,翻訳は誤訳、悪訳がきわめて多い。14,大学で得た知識など、いかほどのものでもない。若いときは、何をさしおいても本を読む時間をつくれ。

  立花さんは上記の読書術を実践し、生前幅広い取材活動を行い、犯罪、生物学、遺伝子、心理学、共産党、石油問題、都市問題、宇宙、、、多様なジャンルで多数の著書を著しました。 日本だと大学出の人を「文系」「理系」「体育会系」と割合単純にステレオタイプ化して判断しがちですが、実は(当たり前のことですが)人間は多種多様、一人一人それぞれ才能や知識形態が違っていいはずです。(例えば、文学が好きな理系の学生がいたり、科学に明るい文系人がいて当然なわけです。)そういった意味において、立花さんのような幅広い知識、才能、能力のある指導者に、(若者が)大人になってからも、いろいろな分野で才能、能力を発揮できるよう行政レベルでの教育指導や教育改革を行ってもらいたい、と思いました。

  では、最後に立花さんの書評「私の読書日記」から私的に興味深かった本を少し紹介します。(この他にも興味をそそられる本がたくさん紹介されています。)

*「あの死刑囚の最後の瞬間」著者/大塚公子(ライブ出版 1,800円)            

  「かねて、評判になっていた本だが、なるほどショッキングな内容だ。よくこれだけの事実を取材できたと感心する。といっても一人一人の死刑囚の本当の最後の様子は、そう詳しく書かれているわけではない。(中略)しかし、それがこれまで外部の人間には、誰もうかがい知ることのできなかった世界の出来事であるだけに、一つ一つのエピソードの持つ情報量がとてつもなく大きい。(中略)死刑囚の中には、最後の最後まで自分の死を受け入れることができず、刑場の中で暴れまわり、刑務官に力ずくで首にロープをかけられる者もいる。死刑執行を言い渡されたとたん腰が抜けて歩けなくなり、刑場まで看守に引きずられながら小便をたれ流しした者もいる。しかし、自分の罪を深く悔い従容(しょうよう)として立派な態度で死にのぞむ者もいる。少年ライフル魔事件の片桐はその典型で、刑場に居並ぶ検事、所長等に向かって『ぼくのような人間を、こんなに最後まで人間らしく扱っていただいて、どうもありがとうございました、さようなら。』と言って静かに死んでいったという。。」(週刊文春1992年8月27号)


*「地球深層ガス」著者/トーマス・ゴールド(日経サイエンス社  2,580円)     

  「石油、石炭、天然ガスなど、炭化水素を主成分とする燃料は化石燃料といわれ、大昔の生物の残骸の集積が、地質学的変化をうけて生まれたものだとされている。本書はこの定説に疑いを投げ、それらの炭化水素は、生物起源ではなく、宇宙起源であり、地球誕生以来、地球の深層に閉じ込められているものではないかと説く。(化石燃料の)生物起源説に反する事実は、実はいろいろ報告されており、無機起源説をとなえる少数派が一貫して存在してきたのだという。炭化水素は、かつては生物にしか作れないと考えられてきたが、しかし現在では、炭化水素は宇宙に広く多量に存在することが発見されており、宇宙起源説も十分な可能性がある。石油を分析してみると、生物起源ではない物質が大量にある。石油は産地によって組成が大きく異なり、生物起源物質がほとんどゼロというものもある。(中略)石油は化石燃料だから有限量しか存在せず、いずれ掘り尽くされると何十年前から警告されてきたが、実際には確認埋蔵量がどんどん増加している。化石燃料は、もはや量的に生物起源説では説明しきれないところまできている。著者は、化石燃料のもともとの起源は地球深層に閉じ込められた宇宙起源の炭化水素で、それが地表に出てくる間に、生物起源の物質と出会って、それをとかしこんだのであろうと推測している。(中略)定説をひっくり返す事実の発見というは、どういう分野にしろ面白い。」(週刊文春 同上)


*「一万年の旅路」著者/ポーラ・アンダーウッド(翔泳社  2500円)

  「(この本は)素晴らしい本だ。これはアメリカのイロコイ族の間で語り継がれてきた口承の歴史を、幼少時から父親に頭の中に叩き込まれた、という口承者の血統につらなる女性が、はじめて文字に書きおこしたものである。そこには何と、数万年に及ぶ一族の歴史が含まれているが、その圧巻は約一万年前の出来事と推測される、ベーリング海の『海渡り』の場面である。」ある時、イロコイ族の祖先たちが住んでいる場所に大地震が起こります。「続いて大津波が押しよせ、生き残った一族は安住の地を求めて、ついに海辺に住む人々から教わった『海の渡りの道』を通って、『かなたに広がる大いなる島』へ渡ろうと決心するのである。一年万年前は氷河期で、海面の水位が下がっていたから、ベーリング海峡は陸峡になっていて渡ることができたのである。といっても、それは簡単ではなかった。陸狭といっても、道は年々海に飲み込まれつつあり、そこを渡ろうとして滅んだ一族もあったからである。(中略)苦難苦難の連続で、一族がここを渡り切った時、荷物を背負う力のあったのが三十五人。その力がない者が十七人。ずっと人に背負われたままでなければならなかったものが三人だったという。。。」(週刊文春 1998年6月)「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」より。

*「結婚と学問は両立する- ある科学者夫妻のラヴストーリー」著者/石坂公成(黙出版 2000円+税)    

  「石坂夫妻は、1949年に結婚し、57年に渡米した。以来、日本をまたにかけて共同研究生活(免疫学)を続け、赫々(かくかく)たる業績(アレルギー病の機序解明)をあげた。二人は学生時代に会ったはじめからずっとラヴラヴで、互いに片時も離れたことがなかった。90年代前半、照子夫人にパーキンソン病の症状があらわれはじめた。それがどんどん重くなり、パーキンソン病の中でも厄介な黒質線条体変性症であることがわかる。やがて運動障害、神経障害がすすみ、ついには精神状態もおかしくなる。石坂氏は96年にすべての公職から退き、夫人の故郷の山形に転居した。夫人を山形大学病院に入院させ、いまは生活時間の大半をその看病にささげている。数年前から構語障害が出て、言葉によるコミュニケーションができなくなった。『彼女はすでに、自分の意志を言葉で表現することができなくなっているから、まもなく手を握ったり、頬を寄せてやる以外には、意志を疎通させることはできなくなる。そうなると、照子に意志を伝えることができる人間は、この世に私だけになる。変性が進んでゆく照子の脳が、最後に理解することが ”自分は夫に愛されている” ということであったなら、私は満足である。』 感動の書である。」(週刊文春2006年8月)「ぼくの血となり肉となった五〇〇冊そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊」より。


 * 立花隆さんの読書論と書評を集めた本はこの「ぼくはこんな本をよんできた」(1995年出版)の他いくつかあります。(下は「ぼくはこんな本をよんできた」と同じような立花さんの読書論と書評を集めた「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」2001年出版、「ぼくの血となり肉となった五〇〇冊そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊」2007年出版、そして「読書脳 ぼくの深読み300冊の記録」2013年出版)