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【東雲堂酔夢譚】

【想いと記憶は諸刃の剣】

2017.07.21 22:00

 「加州清光、入りまーす」

 主の部屋の前でそう告げた後、清光は胸の内で『ひぃ、ふぅ、みぃ』と三つ唱え、それから襖を開く。毎度、必ず、だ。

 中からの応えを待っているわけではない。

 『加州清光』が『主に呼ばれ、主の部屋に入る』ことを周囲に知らしめるための、言わば彼なりの近侍としての地位をアピールする為のパフォーマンスだ。

 部屋に入るなり告げられた主命は『三日月宗近から土産を受け取って来るように』という、心外なものだった。

 「えー、なんで俺が?」

 出陣命令かと思いきや、土産を受け取って来いとは・・・と清光は唇を尖らせる。ここしばらく、三日月が率いる第二部隊ばかりが出陣していて腐っていたところに、追い打ちをかけられ不機嫌を通り越して、いじけモードだ。

 「三日月に持ってこさせればいいじゃん」

 足先でのの字を書く清光に、主はかすかに笑って『いいから、早く』と問答無用で襖の向こうを指さした。退出せよ、と言わんばかりに・・・

 「主、俺の事嫌いになっちゃったのかなぁ」

肩を落とし、清光はとぼとぼと歩く。廊下の木目をたどっていた視線を鮮やかな青が遮った。

 「おぉ、加州。これは良いところで会った」

 間延びした声に、清光は絡み口調で噛みついた。

 「『会った』んじゃなくて、探してたの!」

 小童のじゃれつきなど全く意に介さない様子で、三日月は穏やかな笑い声を立てる。噛みついたところで、喰えない男だ。

 「それで?お土産って・・・」

 清光の言葉が途切れ、唇が『あ』の形で固まった。

 三日月の青い衣の後ろに現れた浅葱色を捉えた目が見開かれ、その先を追う。

 「清光っ?加州清光?」

 弾んだ声が、呼んだ。

 『やす・・・さだ?』

 唇がかすかに動き、その名を呼ぶ。声は擦れて音にはならなかった。

 ダンダラ模様を白く染め抜いた浅黄色の羽織、【あの人】そのままの出で立ちで、声の主はそこに居た。清光と主を同じくする打刀、大和守安定。

 「合戦場からの帰り道にお会いしてな。資源を持ち帰るのに難儀していたのを手伝ってもらって、いやぁ助かった」

 安定の周りに物珍しそうに群がっていた短刀達がうなずき『ありがとうございましたぁ』と口々に礼を言った。

 ここのところ、【短刀強化】の名目で、短刀達が駆り出されている。新選組仕込みの喧嘩戦法しか知らない清光には不向きなチーム編成だ。自然と三日月が率いる部隊が出陣する事が多くなっていた。戦力的には問題ないが、資源の土産を持ち帰るのは負担が大きいようだ。

 「主殿にはもう挨拶は済んでいる。後の事はよろしく頼む」

 年寄めいた仕草で自身の肩を揉みながら、三日月はボヤキ口調で付け足した。

 「私はちと疲れたよ。風呂にでも入ってくることにしよう」

 安定に興味津々で離れようとはしない短刀達を呼び集め、引き連れて風呂へと向かった。すれ違いざまに、

 「確かに、渡したよ」

 そんな言葉と共にポンポンと肩を叩かれ、清光はこれが主の言っていた【土産】なのだとようやく気が付いた。

 しばらくの間、お互い無言のままだった。最初に口を開いたのは清光の方だった。

 「久しぶり、じゃん」

 涙すら浮かべている安定に対し、清光の挨拶は、まるで数ヶ月ぶりの再会といったそっけなさ。

 「変わってないね、そういうトコ」

 クスリと笑って、安定は目尻に流れた涙をぬぐった。清光がひねくれもので照れ屋な事は嫌というほど分かっている、むしろ自分の知っている加州清光に間違いないとホッとする。

 「安定だって変わってないじゃん。野っぱらで拾われて来るなんて、さ」

 【鍛刀】が始まって【新しいお仲間】の噂が本丸を駆け回る度に、一喜一憂していたのは何だったのさと言いたいところだが、そんな事を言えば安定は目を輝かせて『そんなに僕の事を、待っていてくれたの?』とちょっと得意げになるに決まっている。

 清光は毒を吐いただけに留めておいた。

 「拾われたんじゃないってば」

 安定はぷっと頬を膨らませ唇を尖らせる。

 「・・・でも、正直よくわからないんだよね」

 記憶が曖昧なんだ、と安定は顔を曇らせた。三日月達に出会うほんのちょっと前、ふっとうたた寝から目覚めたようにそこに居て、自分が何故そこにいるのかも分からず、ただただ途方に暮れていたのだ、と。

 ここへ来る道中、短刀達と言葉を交わすうちに、少しずつ自分が置かれている状況が飲み込めたのだが、目覚める前の事がぼんやりとしていて思い出せない・・・と安定は視線を落とした。

 「焦ることはないって」

 とりあえず本丸を案内する、と清光は安定の肩を叩いた。

 「そんなに暗い顔してたら、かわいくないよ」

 安定の両頬を指先でつまんで引っ張って、無理やり笑い顔を作る。

 「かわいくないと、主に可愛がってもらえないんだからね」

 「ここが俺達の部屋だよ」

 風呂と厠と厨房を足早に案内し、畑と馬小屋を縁側から方角だけを指さしで教えた。ほかの刀剣達の部屋割りは、まぁそのうち覚えるだろうと割愛し、早々に部屋へと向かった。

 「しばらく俺にくっついていれば、迷子になる心配もないよ」

 「はは・・・そうする」

 入り組んでいるわけではないが、似たような部屋が多い。新しく来た者は、必ず迷子になる。その回数が多いか少ないかの違いがあるだけだ。

 もっとも、世話焼き好きも多いから、迷子になったところで部屋には辿りつける。

 「あー、でも今剣には気を付けたほうが良いよ」

 「今剣?」

 「案内をしてもらっているつもりが、いつの間にか鬼ごっこに巻き込まれるからね」

 『こっち、こっち』と手招きされ、屋敷中駆けずり回る破目におちいった者も少なくはない。

 頬を引き攣らせた安定に、とにかく自分と行動を共にするようにと清光は念を押した。

 「あとは・・・」

 「あのさ、清光」

 声のトーンが変わった。

 「なぁに?」

 のんびりとした口調で応えるが、清光の身体がかすかに強張った。

 「池田屋で、何があったの?」

 予想通りの問いかけに、『さて、何て答えようか』と清光は安定に気取られぬよう溜息をついた。

 手入部屋の前で、清光は行ったり来たりと落ち着かない。

 出陣する度、安定は傷を負って手入部屋の世話になっている。部隊長のへし切長谷部に堪り兼ねて怒鳴りこんだのは昨夜の事だった。

 だが、返ってきたのは『嫌なら、自分の部隊で面倒をみろ』という、にべもない答えだった。

 長谷部の部隊は新人が配属される。来たばかりで、右も左もわからぬ彼らに、戦の仕方を教え、実績を積ませるのが長谷部に与えられた役割だった。

 彼の面倒見の良さ、世話好きな性格故にだったが、その彼を以ってしても、安定は手に負えないというのだ。

 『さすが、沖田総司の刀だけあるな。噂に違わず扱いづらい』

 嫌味まで言われ、清光はキリキリと奥歯を鳴らしたが、長谷部は肩を竦め困ったようにため息をついてみせた。

 『あれでは、お前のところに配属できるようになる前に・・・折れるぞ』

 折れる、という言葉に清光はピクリと肩を揺らした。

 『早く強くなりたいとがむしゃらなのは分かるが、焦ったところでどうにもならない事を教えてやってくれ』

 長谷部の言葉に、『分かった』と頷きながらも、結局は安定を止めることはできずに、この体たらくだ。

 未だ開かない手入部屋の扉を睨みつつ、清光は拳を握りしめた。紅色の爪先が食い込む程、強く。

 怒りの矛先は、長谷部ではなく清光自身に向けられていた。 

 焦る理由は痛いほど分かっていた。そして、こんな事態を招いたのは自分だということも。

 あの日、安定の問いかけに清光は『覚えていない』と答えた。もちろん、嘘だ。嫌というほど覚えている。

 いつか、安定と再会すれば避けては通れまいと、何度も何度も思い返し、どう話したら良いのかを考えていた。答えは出せなかったが・・・

 清光の嘘を安定は信じた。自身も【池田屋】以降の記憶が曖昧だからだ。

 池田屋に行くチャンスがないわけではない事、でもそれは強くなってからではないと無理な事を清光は説明し、だからそれまでは地道に頑張るようにと安定に言ったのだった。

『いつか、一緒に行けたらいいね』という言葉と共に。

 その気持ちに嘘は無かったが、正直、安定と共に行く前に一人で行きたかった。あの日起きた事を、自分自身がきちんと受け止めてから、安定と向き合いたかったからだ。

 だが、その願いはあっさりと切り捨てられた。

 出陣命令が下ったのだ。場所は【池田屋】。メンバーの中には安定も含まれていた。

 

 「無理無理無理無理・・・主、考え直して」

 顔面蒼白で訴える清光に、主は懐から取り出した物を無造作に投げ渡した。咄嗟に受け取った手の平の上には守り袋。

 安定に持たせろ、ということらしい。主とて充分分かっている。今の安定は実力不足で、戦線崩壊の危険は背中合わせであろう事を。だからこそ、の守り袋なのだ。最悪でも刀剣崩壊、すなわち【死】だけは免れる。

 「なんで・・・そんな」

 息をするのも、苦しい。清光は顔を歪ませる。

 『ここを乗り越えたら・・・』楽になるね、と主は頬杖をつきながら、独り言のように言った。安定も、そして清光も、と。

 「主ぃ・・・」

 それでも、なお清光は食い下がる。少しは持ち直したのか、上目遣いで唇を尖らせる。お得意のポーズだ。

 「これって、意地悪じゃないよね?」

 『いつ私が意地悪を?』すっとぼけた返事が返ってきた。

 「あー、もうっ」

 地団駄を踏みながら、その場でくるりと回る清光に『おや、本調子』と笑ったあと、主は釘をさすのも忘れなかった。

 『守り袋なんて、そう出せる物じゃないんだからね』と。

 「チャンスは一度きり、ね。はいはい、肝に銘じまーす」

 軽口で応じる間に、覚悟は決まった。清光は守り袋を握りしめ、主の部屋を後にした。 

 『おきばりやっしゃ』

 主の言葉に背を向けたまま、片手をあげてひらひらと振って見せる。前に向けた顔は青ざめてはいたのだが・・・ 

  

 「うっわ~ぁ。きょーのみやこぉ」

 今剣が歓声を上げた。

 「なつかしいです。じだいがちがっても、やっぱりきょうのみやこはいいですね」

 「今剣さん、あまりはしゃぐと転びますよ」

 のんびりとした口調で石切丸がたしなめる。

 「だいじょーぶですよ」

 言ったそばから、ぴょんぴょんぴょんと飛んだ先で、足を止めた安定にぶつかった。不意の事でバランスを崩したが、安定にわたたと抱きつく形で辛うじて転がることはまぬがれた。

 「ほら、みなさい」

 石切丸に苦笑されるが、反省するどころか今剣の関心はすでに別のところに移っていた。

 「やまとのかみさん・・・それ、おまもりですか?」

 安定の手の中に握りしめられた守り袋を目ざとく見つけ、顔を近づける。

 「ぼく、はじめてみました」

 見るのは初めてでも、その意味は知っている。今剣はふと考え込むような顔になったが、すぐににっこりと笑って、安定の手を守り袋と共に握った。

 「だいじょーぶですよ」

 あまり効果のなさそうな『大丈夫』ではあったが、安定はつられるように強張っていた頬を緩めた。

 二人のやり取りを傍で見ていた石切丸の視線がつと動き、清光を捕らえた。

 『安定を気遣うのは、隊長でもあり相棒でもある清光の仕事』とでも言いたいのだろう、だが、生憎こちらもガチガチで、それどころではない。

 ただでさえ、集中力を欠く場所だというのに、メンバー選びには主の思いやりの欠片も見出せない。

 のんびりしているくせに、指摘だけは鋭い石切丸。マイペースすぎて捉えどころのない小狐丸。脇差にはせめて国広をと願ったが、現れたのは骨喰藤四郎だった。

 せめてもの救いは今剣。短刀の中では実力ナンバーワンだ。だが、ストッパーの岩融が居ないので、暴走したら何をしでかすかわからない点が不安要素だった。

 『あぁ、もぅ!』と髪の毛を掻きむしりたい心境だったが、せっかく整えた髪が崩れると思いとどまり、案外自分が冷静なのだと安堵した。

 市中のみならず、三条大橋でも時間遡行軍に出くわした。太刀・大太刀コンビがバッサリと片付けてくれて事なきを得たが・・・

 「少し、手間取りましたね」

 言いながらも、呼吸ひとつ乱すことなく、小狐丸は戦闘で乱れた髪を梳いている。まだまだ余裕、といったところか。

 「清光」

 安定が呼んだ。こちらは乱れた息がまだ治まらぬままだったが、ここまで軽傷すら負うことなく持ちこたえてくれている。

 「【池田屋】だよ」

 言われなくてもわかっている。そして、そこからびりびりと伝わってくる気配も。

 「・・・居る、ね」

 この日、【池田屋】で起きた新選組による襲撃事件は、新選組の華々しい功績のひとつとして挙げられるが、その裏で、そこで斬殺・捕縛された尊王攘夷派が生き延び、逃げおおせていたなら、維新は一年『早まった』とも、『遅れた』とも言われている。

 歴史修正主義者にとって【池田屋事件】は恰好のターゲットだ。現れないわけはなかった。避けては通れない、ならば、せめて新選組に鉢合わせする事だけは避けたかった。

 時間遡行軍による妨害は思った以上に多く、奮闘するも足止めは予定以上に喰らっていた。迷っている時間は無い。

 「偵察、苦手なんだよな」

 覚悟を決めて向かいかけた清光だったが、中から響いた怒号にハッとした。すでに新選組による襲撃が、始まっている。

 「加州!」

 石切丸の指さす方に目をやると、遡行軍が屋根に降り立つのが見えた。

 「おっぱじめるぜ」

 選択肢は無かった。叫ぶように言って、走り出す。屋根の上に向かった小狐丸と石切丸に屋外からの侵入阻止を任せ、建物内部へと走りこむ。

 沖田と思しき背中が二階へ駆けあがって行くのが見えた。ふらふらと、安定の足がそちらに向かうのを襟首を掴んで引き留める。

 「ばか、行くな!」

 眼差しが何かを訴えたが、清光は唇を引き結び首を横に振った。

 「お前の戦場は、ここだ」

 姿形があるとは言っても、この時代の人間には清光達の姿も時間遡行軍の姿も見えない。だが、たまに感のいい者には見えることがある。幽霊とか妖しといった類のそれと同じだ。

 厄介なことに二つの次元は、一つの空間で同時に存在しているだけではなく、時に交わることもあり、ともすれば、歴史に介入してしまう恐れがあった。

 新選組の隊士達が行きかう中で、清光達もまた遡行軍相手に白刃をふるわねばならない。

 今まで、いろんな場所で戦ってきたが、こんな密度は初めてだ。

 「やりづらいな」

 今日、初めて骨喰の声を聴いたような気がする。見ると、頬に傷を負っていた。

 「大丈夫か?」

 声を掛けると無言で頷き、振りかぶってきた敵を薙ぎ払った。とっつきにくいが、腕は確かだ。

 「かしゅうさんっ!!」

 今剣の叫び声に振り返ると、取り逃がした遡行軍が二階へと消えるのが見えた。同時に安定が階段に足を掛けるのが視界に入り、手を伸ばす。

 「やすさだっ!行くなっ!」

 二階には【あの人】が居る。そして、その手に握られている【加州清光】も・・・

 これから起きる事を安定には見せたくなかった。だが、指先は羽織の裾を捉え損ね、宙を掻いた。

 無防備な清光に、敵の白刃が容赦なく襲い掛かる。衝撃を覚悟したが、刃と刃があたる鈍い音がそれを遮った。

 「かしゅうさん、ここはぼくにまかせて!やまとのかみさんを」

 「任せた!」

 今剣の「あいっ」という返事を背後に聞きながら、清光は狭い階段を駆け上がった。

 「間に合ってくれ・・・」

 呟く唇が震えていた。

 

 部屋をのぞき込むように立っている安定の背中を見つけ、腕を掴んで引剝がそうとした時だった。

 「沖田君っ!」

 安定が叫んだ。

 部屋の中では沖田と、四人の男が対峙していた。足元にはすでに事切れて転がっている者が数名。他にも居たはずだが階下で刀を交えているか、それとも逃げたか。

 沖田以外の隊士の姿は見えない。天井が低い造りの二階ではやたら刀が使えない為、沖田が一人二階へと上がったのだ。土方の立てた作戦だった。これならば、味方を切る心配がない。

 そんな無茶振りを任されるほどの腕前をもつ男だったが、今は、床に突き刺した刀を杖に、肩を荒く上下させていた。苦戦しているのだろうか。

 沖田の放つ鋭い眼光に、有利なはずの四人も動くことが出来ずに切っ先を揺らすのみ。

 『道場じゃねぇんだ、素振りなんかしてねぇでかかってきな』

 低い声での挑発に、四人共が沖田との距離を縮めたが、誰一人それ以上踏み込もうとはしない。

 安定の腕が小刻みに震えているのが伝わった。

 「安定、落ち着いて」

 「沖田君が・・・沖田君が」

 安定が狼狽えているのは、この四対一という状況に危機感を抱いたわけではない。おそらく、沖田の口元を汚す血の跡を見たからだ。

 『切られた』と咄嗟に思ったのだろう。傷を負った箇所によっては吐血する事もある。もっともそれは末期症状ではあるが・・・

 「大丈夫、あの人は切られちゃいない」

 頭に上った血が一気に下がっていくような感覚に、清光はきつく目を閉じて耐えた。今にも飛び込んで行きかねない安定の腕を強く握った。引き留めるというよりは、すがっているというのに近かった。

 えづく声と同時に、バタバタと四人が逃げていく音が聞こえた。訪れたチャンスに、切りかかるか逃げるか迷った挙句、己が可愛かったようだ。

 口の中の物を床に吐き出し、沖田は凛と声を張った。

 『逃げたぞ!裏庭だ!』

 冷めた眼差しが、口元をぬぐった手の甲を見つめる。己のなのか斬りすてた者のなのか分からない、どす黒い血で汚れた手を・・・それから、大きく咳き込み、身体を曲げた。

 清光の胸に、痛みが走った。安定が息を飲む音が、やけに大きく聞こえた。

 遡行軍の気配が消えた池田屋から引きずられるようにして出された時、清光と安定は放心状態だった。

 「これは・・・かなりの重傷ですよ」

 安定の身体を見分した石切丸が、眉を顰め呟く。二階に上がった際、遡行軍とやりあったのだろう。よく見れば、傷だらけだった。

 「戻りましょう、加州清光」

 提案でなく、『帰城』の指示を、という事だ。

 清光は池田屋を振り返った。土方が率いる隊も合流し、残った者の捕縛にむけて隊士達が右往左往している。沖田の身を案じたが、自分にできることは何もないことは分かっている。清光はただ、黙って頷いた。

 【池田屋】からの帰り道、安定の身体は石切丸の背中にあった。気丈に『大丈夫』と言ったものの歩けず、その背中で揺られるうちに意識を手放していた。

 その横を歩く小狐丸の背中では、今剣が寝息をたてている。清光の『任せた』に応えるべく、奮闘したらしい。むき出しになった肩に血が滲んでいた。

 清光はため息をついた。自分の戦いっぷりを振り返れば、分析するまでもなく最低最悪。しばらくは布団をかぶって身悶える日々が続くだろう。

 本丸に戻ると、手入れ部屋へ向かうという一行とは別の方向へ清光は足を向けた。二・三歩進んで、振り返る。

 「あの、さ」

 石切丸が、顔だけこちらへ向けた。

 「今日は・・・ごめん」

 唇の端が微かに上がる。

 「それから、ありがとう」

 ぺこり、と下げた頭をあげると、小狐丸が狐の形にした手を上下に振った。

 「お互い様、ですよ。では・・・」

 石切丸の声を合図に、再び歩き出す。その姿を見送る清光に、骨喰がそっと振り返り小さく手を振った。

 『そんな風に慰められると、余計に惨めになるじゃん』清光はくすんと鼻を鳴らした。心の中で毒づいてみるが、やはり嬉しかった。

主の部屋からは、明かりが漏れていた。遅い時間だったが、起きて待っていてくれたらしい。

 「みんな・・・やけに、優しいじゃん」

 軽口ひとつ叩いて、清光は肩を竦める。

 「やっぱり、俺って愛されてるの、ね」

 時間帯を考慮して、そっと声を掛ける。 

 「加州清光、入りまーす」

 『ひい・ふう・みぃ』いつも通り胸の内で数えるうちに、ぽろぽろと涙が溢れてきて、いつまでも襖を開けることが出来なかった。

【END】