夢に向かってチャレンジすることは素晴らしい
みなさん、おはようございます☀タムタムランニングクラブ代表の、佐藤心雄です。いつも訪問してくださり、ありがとうございますm(._.)m
最近、周囲の方々から、マラソン大会で活動してスゴいですね⤴⤴大会に出れば優勝ですね(o゚Д゚ノ)ノと、たくさん嬉しいお声を頂きますが、その反面で、僕にとってはプラスじゃないお声も頂きます。
→アドバイスを頂ける事については、感謝しております。
☆声リスト☆
★身体の為には、お肉を食べることは必要だよ→僕は現在(2年ほど前から)、お肉を食べてません。それは、環境問題を考えたり自分自身の健康の為には、必要ないと思ったからです。たまにきざんであったものを知らずに間違えて食べると、すぐ体調を崩してしまう事が殆どです。
僕はお肉を食べていた時から食べない生活に変わったので、両方の立場を経験してますが、食べるのが当たり前の方からすると、僕の食生活は受け入れにくく、拒否反応が出てしまうのも無理はないと思います。
因みに、お肉を食べることを辞めてからプラスに変わった事は、たくさんあります。
・体重が減って、輕やかに速く走れる様になった
・イライラがかなり減り、穏やかな氣持ちで過ごせる日が増えた。
・以前よりも、感覺が鋭くなった(氣がする)
・以前よりも動物が好きになった
・以前よりも目の前の相手と、心で向き合えるようになった
・汗のにおい(体臭)が、以前よりくさくなくなった
(走ったあとは、相変わらずくさいですが…)
★年齢的に、これ以上記録を伸ばすのは難しいから、維持する事を頑張ってみたらどうか?→上記の様に食生活が変わってから、ラストスパートのキレが良くなったり(今年のレースは全て不発なので、そろそろ炸裂させたいです)、クラブ運営の兼ね合いで以前よりもトレーニングする時間の確保が難しい中、以前のタイムにどんどん追い付き始めて来ております。
年齢で否定してしまう方に、ダメもとで「40歳過ぎても、トップアスリートで活躍されている方がいらっしゃるんですよ。」と丁寧に話しても、「それは、その人だから」と、特別扱いをされて、話はそこで終了。色々な考え方があるので、深入りしません((+_+))
僕自身、中學1年生から陸上を始めたので、ランニング生活は今年の5月28日で25年になります。走ることは奥が深く、未だに分からないことがたくさんあるので、日々模索しております。そして、この模索することが大好きヽ(・∀・)ノ
人に迷惑かけずに出来そうなスポーツは陸上だと思って始めたことがきっかけでしたが、走ることを通じて、友達がたくさんできたり、今までで一番樂しいと思えるお仕事になったので、陸上の神様に本当に感謝しております。ありがとうございますm(._.)m
僕が學生の頃、テレビに映る陸上選手は、30歳前後で引退されていたので、僕自身、頭の中で「僕も30歳前後で走ることを辞めてしまうのかな」と、将来に不安を感じる部分がありましたが…氣がついたら、36歳。
現在、トラックレースを中心に活動しておりますが、最近はレベルアップのために、ロード・ビーチラン・トレイル・駅伝と、幅広い視野でレースにチャレンジしたり、マスターズ陸上を始めてからは世界マスターズ8kmクロスカントリーに出場して金メダルを獲得することが夢になったので、昔よりも、走ることが樂しくなってきました(o^-^o)
世界にチャレンジしたいと思う背景には、色々あります。
1つ目は、タムタムランニングクラブから全国マスターズチャンピオン(益田さん)が誕生したり、オリンピックを目指している小學生の会員さんが2名ほど在籍されているので(今はもっと多いと思います)、タムタム会員さんたちと、夢に向かってタムタム(樂しく)走りたいなぁ…という想いが強くなりました。
→タムタムランニングクラブ全会員さんの存在に感謝!!いつも、レッスンご参加ありがとうございますm(._.)m
2つ目は、アマチュアの大会ですが、過去に2回全国大会で優勝(2012年第29回全国スポーツ祭典陸上競技選手権大会5000m・2014年第1回ベアフット(はだし)ビーチラン10km)させて頂いた経験があるので、(海外に行った経験はありませんが)日本の次は世界だ!!と、単純に思ってしまいました。
可能な限り、世界にチャレンジ(大会出場・記録更新問わず)し続けます。
→ランナーとして、ジョギングインストラクターとして、世界に羽ばたきます🐦パタパタ
3つ目は、高校時代の陸上部恩師=加藤聡先生の存在です。
加藤先生は現在、マスターズ陸上で大活躍されており、ハーフマラソンM45の日本記録保持者であります。
そんな加藤先生を越えることが、僕の夢です。
以前までの僕の夢は、マラソンでオリンピックに出場することでした。
高校卒業したら、特待生のような形で陸上自衛隊八戸駐屯地に採用して頂いたのですが、オリンピックに出場するためには、プロの世界にチャレンジする必要がある、プロの世界にチャレンジして自分を試してみたいと思い、21歳のとき、自衛隊体育學校の門(集合教育)を叩きました。
結果、半年で地元に返されてしまいましたが(コーチには認められましたが、監督さんには認められず)、一流の監督・コーチ・選手と一緒に走らせて頂いた経験は、僕にとって一生の財産です。
自衛隊を辞めたあとは関東に移り住み、転職しながらランナーを続けてきました。
ご縁があり、アテネパラリンピックマラソン金メダリストの高橋勇市さんから伴走者の依頼を受けて、トレーニングパートナーを担当(ロンドンパラリンピック前の合宿)させて頂いたり、ロンドンパラリンピック代表選考レースにガイドランナー(伴走者)として出場させて頂きました。
そういった経験を経て、今に至るわけですが、お仕事や陸上を通じて、かなり経験値をアップさせることが出来ました。
夢に向かってチャレンジすることはとても素晴らしいことだと思うので、この想いを大切にしていきますヽ(・∀・)ノ
原点と感謝と心で向き合う氣持ちを大切に、今日もタムタム(樂しく)走りますε=┌(;・∀・)┘