孤宿の人 (上・下) 宮部みゆき
涙をさそう小説を久しぶりに読みました。
主人公「ほう」が生まれたのは江戸の建具商「萬屋」の女中部屋で父となる人はその店の若旦那でしたが、女中だった母はまもなく亡くなり、8歳になるまで親戚に預けられていました。9歳になった時はるばる讃岐の金毘羅様へと「萬屋」を代表して参拝に行かされることになり、いじわるな女中に付き添われて出掛けたのですが、金毘羅様の手前の丸海藩の旅籠で女中が路銀と共に消えてしまいました。置き去りにされたのです。幸いなことに藩医を務める井上家で面倒を見てもらうことになりますが、名前を聞かれると阿呆の「呆」だとしか言うことが出来ませんでした。井上家では藩医の舷舟先生や息子の啓一郎先生や娘の琴江さん、家守の金居さんや勝手賄いのしずさん達の中で温かくも時には厳しくしつけられて暮らしていたのですが、ある日「ほう」に勉強の手ほどきをしてくれていた大好きな琴江さんが毒殺され、その犯人を「ほう」と下男の盛助さんが図らずも知るところとなります。ところがおかしなことに琴江さんは病により亡くなったとされてしまい、納得がいかない二人でしたが藩における力関係もあり、無理やり毒殺はなかったことにされます。そんなおり加賀様こと「船井加賀守守利」が丸海藩に江戸から流人としてやってきます。江戸幕府の勘定奉行という要職にあった役人が何ゆえに讃岐の小藩「丸海藩」に来ることになったのか人々の憶測や恐れや風評が藩全体に及び加賀様は災厄の人として恐れられます。
四国の小藩には次々と流行病や風水害や火事などが襲い掛かりますがそれらはすべて加賀様のせいだと人々は噂します。加賀様は人里離れた屋敷で24時間藩の役人の監視下で暮らしておりましたが、その屋敷の下働きとして「ほう」が行くことになります。まったく顔をあわせることのない下働きの仕事でしたが、ある偶然から加賀様と出会いそれまで頑なだった加賀様の心が「ほう」だけには開いていきます。加賀様から直に手習いをしてもらえることになりひらがなや算術を教えられたり、毎日あった出来事を聞かれたりと「ほう」には優しく接してくれ大罪を犯した人とはとても思えませんでした。穏やかな日々は長く続かず、火事で幽閉されていた屋敷が焼け落ち、加賀様は亡くなりますがその亡骸には獣の爪で裂かれたような傷があり、そばには黄金色の毛皮の獣が目を剥いて死んでいたということでした。
阿呆の「呆」だと「萬屋」でさげすまれていた「ほう」が加賀様の辛抱強い手ほどきにより徐々に知恵や知識を得た今は自分が進む方向を知ることが出来るようになったと意味で「方」の字を与えられました。やがて加賀様亡き後、美しい手筋で大きく書かれた「宝」という字が「お前の名だ」との加賀様の言葉と共に「ほう」の元に届けられました。
封建時代の主従関係や港町と城下町の人々との確執、次々と襲い掛かる自然災害、風聞や噂話がもたらす恐ろしさなどが描かれていますが、長編であり、登場人物も多岐に渡り読み応えのある小説でした。