ダメな自分を支えてくれるもの
どうもどうも
ザ・ライフコーチャー・えるびすこと
みうらまさるです。
ここ数日
そう14日のダメダメな日から始まって
翌日には歯車が噛み合わなくなり
昨日はとうとう歯車が外れて
何も回らなくなったような
そんなひどい一日でした。
なんか自分ばかりが責められている
そう感じざるを得ないようなことが
起こりました。
怒りと情けなさと落ち込みとで
自分の居場所が無いようにさえ思いました。
でもそんな自分が
持ち直すことができたのは
友人の言葉があったからでした。
いっぱいいっぱいになっていた自分は
氣づけば真っ先に
その人に
SOSのメッセージをしていました。
彼女の言葉の力と
ヒーリング能力に絶大な信頼を
置いているので
正直すがりつきたい思いでした。
でもだからといって
そのひとは
「ヨシヨシ、大丈夫?」
というただ慰めの言葉を
かけるタイプの人ではありません。
もちろん心配はしてくれますが
客観的に的確にアドバイスをくれます。
一緒にゆるしのレッスンを
学んだ仲間だから
優しくも厳しく
僕が本当は分かっているはずなのに
見失っていることを
思い出させてくれます。
「良い悪いで判断しようとすると
自分責めになる。もっと客観的に。」
「今の状況で上手く行かないことがあっても
凹む必要があるのか?」
「この経験から何が学び取れるのか?」
「今はしんどいかもしれないが
心のこと仕事にして行くなら良い勉強材料と
捉えて、どうやったら心が軽くなるのか
いろんなこと試すチャンスではないか?」
(実際はもう少し柔らかい表現ですよ)
もう、ぐうの音も出ません(笑)
これに対して何か言うことは
鼻をふんがふんが鳴らしながら
「でもでも〜」と号泣してる
言ってる子供と同じだなと。
両肩を掴んで、クルッと振り返りさせられて
「ほら、行きなさい!」と
背中をポンっと押された感じです。
もう行くしか無いですよね(^^;
もう一人は
コンサルをやっている男性の友人
その日に会う約束をしていたのですが
正直行くのをためらうほど
僕は焦燥していたけど
約束だからと彼の事務所に向かいました。
僕の様子を見て少し戸惑っていましたが
一生懸命勇気づけようとしてくれます。
彼の言葉はくすぐったいくらいの
褒め言葉ばかりで
「有り難いけど、そんなに氣を使わないでよ」
と言ってしまうくらいでした。
それに対して彼は言いました。
「ちょっと前の自分なら確かに
コンサルの仕事と言えど、心からこんなこと
言えなかった。
でも、最近ホントに分かったことがあったんです。」
「あたえる人があたえられるんです。」
とても生き生きした顔で
そう話すのです。
彼は独立開業してまだ数年で
本当に軌道に乗ったとはまだ言えない
時期だろうけど
仕事が楽しくて仕方が無いと言うのです。
たとえお金にならなくても
寝る時間が短くなっても
その人のために何かしてあげたい
と思えるんですというのです。
だから楽しいって。
あー、自分が本当に行きたいのは
彼の言うその境地だったはずなのに
何をやってるんだろ…
と思いました。
でも同時に
自分もそこに行かなきゃって
思い出させてくれました。
もう一人
女性なのですが
僕のFacebookの投稿を見て
「いろいろ大丈夫?
いつでも愚痴飲み付き合うよ〜」
ってメッセージくれました。
この人には何があったか
詳しいことは全く話していませんが
彼女がメッセージをくれた時点では
凹みもすでにそこを打っていた状態だったので
こんなライトな感じのノリに
スッと引き上げられたような
そんな気分になれました。
氣にかけてくれる人がいるということは
なんて有り難いことだろうと。
回復してから思えたのですが
この3人以外にも
仕事で関わっている仲間が
ちゃんとフォローしてくれていました。
それが見えなくなるくらい
自分を見失って
視野が狭くなっていたのですね。
自分には居場所がある
守られているなぁって思えました。
なんで闇を見ないと光に氣づけないんでしょうかね?
本当にこのシステムめんどくさいわ(笑)
最後に
ウチの妻にもLINEは送ったのですよ。
「もうダメだ堪えきれんわ!(怒)」って
そしたらね
見事に既読スルーでした(笑)
でも帰ったらいつも通りでした。
何も聞いてもきません。
何か言いたいことがあれば
言ってくるでしょ
というのが彼女のスタンス。
22年間一緒に暮らしてきて得た
この絶妙な距離感に
多少イラッとしつつも
一人の時間も作ってくれる彼女には
感謝ですね。
「ダメだと思う自分でもなんだかんだ大丈夫」
そんなことを感じた今週なのでした。
みなさんよい週末を(^^)
ではでは。