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Oimachi Act./おい街アクト

音楽や文化を考えた時、人は冷たいと感じることもある

2021.08.16 03:00

もんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」は嫌(イヤ)というほどヒットした。

もう聴きたくないと言うほどのアクの強い声で、つまりダンス・ミュージックとしてのヒットだと思えた。

アクの強い声で曲が売れると後がない。

これがポップスの世界のセオリーだ。

 

このヒットは、メジャーになる以前のもんた賴命(よしのり)を知る人にとっては、マイナスのイメージになったと思われる。

 

 

ロックやポップスの世界でよくある話だ。

ディスコ・ミュージックが流行したからといって、音楽の路線をそちらに変えてしまうと、その後がよろしくない。

ビージーズがその例だ。

 

「ダンシング・オールナイト」以前の"もんた賴命"は、シンガーソング・ライターであった。

 

1975年、福岡で彼のライヴがあった。

この時代、岡林信康がギター一本で、ライブをやっていた時代。

もんた賴命もギター一本でのライヴであった。

その時はデビュー・アルバムになる「ホライゾン」のキャンペーンを兼ねての来福で、個性の強いミュージシャンとして彼を支持する女性ファンが、今後の彼に期待する向きが強かった。

 

それから「ダンシング・オールナイト」でもんた&ブラザーズとして、テレビの音楽番組に出まくった末、腹一杯になった感ありの彼はメジャーから遠ざかる結果になった。

 

このデビュー・アルバム「ホライゾン」がレコードとして長い間、僕の部屋に眠っていた。そして消えてしまった。

CD化はない、と思っていたが、限定発売でタワー・レコードが手掛け今、手元にもある。

 

何十年が経ったのだろうか?計算もしたくない位に時は流れた。

 

ミュージシャンの人生は華やかでもあるが、過酷だ。

とても過酷な色合いが濃い。