イベルメクチンに超期待する人が知らない真実 コロナ治療薬?「過熱報道と臨床現場の温度差」
https://toyokeizai.net/articles/-/416242 【イベルメクチンに超期待する人が知らない真実
コロナ治療薬?「過熱報道と臨床現場の温度差」】より
コロナ治療薬として急速に脚光を浴びている「イベルメクチン(ストロメクトール)」
首都圏の緊急事態宣言は3月21日まで再延長された。新型コロナウイルスの新規感染者数は、大きく減少しているが、まだ次のステップに進む道筋は見えない。
こうした中、「イベルメクチン」という薬が注目を集めている。海外で新型コロナの予防や治療に高い効果を示したとして、「奇跡の薬」「コロナ特効薬」と一部メディアが称賛。早期承認を求める声が高まり、個人輸入でイベルメクチンを服用する人も急増しているようだ。
盛り上がる「イベルメクチン現象」に対して、新型コロナの治療にあたる医師や医薬品の専門家は危機感を募らせている。それはいったいなぜか?
コロナ治療薬をめぐって、錯綜する情報と診療現場の現実を追った──。
コロナ軽症者の孤独と死の恐怖
「PCR検査の結果は陽性でした。すぐ保健所から連絡がありますので、指示に従ってください」
新型コロナウイルスの感染は電話で告げられた。翌日、筆者は民間の救急車で療養施設のビジネスホテルに運ばれ、隔離生活が始まった。
「コロナはただの風邪」という声をよく聞く。
感染しても大半が無症状で済むからだろう。しかし、私は違っていた。
激しい頭痛と、焼けるような咽頭痛。せきの発作が起きるたび、肺の内側を針で刺されたような痛みが走る。熟睡できない日々が続き、体力と気力が奪われていく。重症化する予感が頭から離れない。
オンライン診療で(といっても電話)医師に症状を伝えると、処方薬がホテルに届いた。それは葛根湯やせき止めなどの一般的な風邪の治療薬。世界的な脅威のコロナに感染しても、そんなものかと唖然とした。
自宅やホテル療養になると、それなりに症状があっても医師の診察は受けられない。朝夕2回、体温と酸素飽和度を看護師に電話で申告するだけ。ほぼ、医療からも隔離された状態になる。
呼吸が苦しいなどの異常を感じたときは、「コロナ119番」に自分で連絡して、助けを呼ぶように保健所から指示された。でも、本当に苦しいときに、電話などできないだろう。この時期、自宅やホテル療養中の人が死亡するケースが続出したが、誰がそうなっても不思議ではない。私は1週間を過ぎると症状が一気に鎮まって、9日間の療養生活で退所した。
埼玉医科大学総合医療センターで、新型コロナ対応の指揮をとる感染症専門医の岡秀昭教授。当初、世界中が手探りだった新型コロナの治療が、この1年間で劇的に変化したと話す。
「新型コロナの肺炎は、ウイルスを排除する免疫が暴走してしまうサイトカインストームによって、肺に炎症を起こし、呼吸が苦しくなることがわかってきました。そこでデキサメタゾン(ステロイド)を入れて炎症を鎮める。炎症が起きると血液が凝固してしまうので、ヘパリンという血液をサラサラにする薬で凝固を食い止める。酸素吸入が必要な患者には、これが最も効果的でスタンダードな治療法になっています」
「当初、理論的にはステロイドは使わないほうがいい、と言われていました。ステロイドには炎症を鎮める効果だけでなく、免疫をつかさどる白血球の動きを止めてしまう働きがあるからです。かえってコロナウイルスが元気になってしまうだろうと考えられていたんですね」
「ステロイドの治療がスタンダードになったのは、イギリスで多くの患者を対象にした、質の高いRCT(Randomized Controlled Trial)と呼ばれる『ランダム化比較試験』で、死亡率を下げることが証明されたからです」
「注意したいのは、軽症患者にステロイドを使うと免疫が下がり、かえって感染症を悪化させて逆効果になる可能性です。それにステロイドの副作用で全身状態を悪化させてしまう場合がありますので、ステロイドは軽症者に使いません」
岡教授によると、残された課題は軽症者を重症化させない薬だという。コロナの場合、すでにある薬を使う「リポジショニング」が圧倒的に多いが、前評判の高い薬が臨床試験で否定されるケースが続いている。
イベルメクチンも明確な有効性は証明されていない
「例えば、ヒドロキシクロロキンという、アメリカのトランプ前大統領が服用した抗マラリア薬は、臨床試験で有効性がないと判定されました。注目を集めたアビガンも有力な候補ですが、まだ有効性は証明されていません。
話題のイベルメクチンも質の高い大規模な臨床試験で有効性が証明されておらず、ガイドラインでも推奨されていません。未承認の薬なので、現場で患者を実際に診ている私たち医師は研究目的以外には処方していないのです」
一般社会に広まる情報と診療現場にはギャップがある、と話す岡教授。
だが最近になって一部メディアが「奇跡の薬」「コロナの特効薬」として、イベルメクチンを取り上げるようになっている。
1974年、北里研究所の室長だった大村智博士は、静岡県のゴルフ場の土壌から新種の放線菌を発見。これをアメリカ・メルク社との共同研究を経て誕生したのが、抗寄生虫薬・イベルメクチンである。
アフリカや中南米などに蔓延するオンコセルカ症は、失明に至る恐ろしい病だが、メルク社と北里研究所はイベルメクチンを無償で配布した。これによって中南米のオンコセルカ症は、根絶された。イベルメクチンによる寄生虫治療が評価され、大村博士は2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
イベルメクチン(商品名:ストロメクトール)は、日本で寄生虫や疥癬(かいせん)の治療薬として承認されたが、新型コロナの治療薬としては未承認だ。
北里大学では、「COVID-19対策北里プロジェクト」を寄付金で立ち上げ、イベルメクチンの医師主導治験(臨床試験)は公的研究費で行われている。
同プロジェクトの司令塔を務める花木秀明教授は、イベルメクチンの新型コロナの予防と重症化を防ぐ、2つの効果が海外で報告されたと話す。
「南米のペルーでは、去年の新型コロナ第1波が来たとき、60歳以上の住民に、イベルメクチンを8つの州で予防薬として無料配布しました。すると新規感染者数と死亡者数が、一気に減少したのです(グラフの青色部分)。
第2波が来ても、下げ止まりしたままでした。
一方、首都のあるリマ州は、3〜4カ月遅れでイベルメクチンを配布したので、新規感染者数と死亡者数も配布と同時に減少していることがわかります(グラフの赤色部分)」
(提供:花木秀明教授)
(外部配信先ではグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)
花木教授によると、イベルメクチンの治療効果に関しては、バングラデシュ、エジプト、トルコ、インドなど世界27カ国、86件の臨床試験(RCTを含む)や観察研究が行われているという。また、17件のRCTを対象にしたメタアナリシス(複数の論文を解析する研究)で、「初期治療で71%の改善」「後期治療で50%の改善」「予防投与で91%改善」という結果が出たという(「COVID-19 early treatment:real-time analysis of 319 studies」の研究結果。これは医学誌に掲載された論文ではない)。
第3波の影響で臨床試験は事実上ストップ
現在、北里大がイベルメクチンの第2相臨床試験を行いながら、コロナ治療としての承認を得ようとしている。だが第3波の影響で、遅れが出ていることを花木教授は明らかにした。
「患者が急増して、イベルメクチンの臨床試験は事実上ストップになりました。治療が優先だからです。東京都医師会や都立病院が臨床試験に参加してくれることになりましたが、空白期間を巻き返せるかわかりません。
イベルメクチンは30年以上、年間約3億人が服用して、大きな副作用もなく、価格も安い。海外で有効性が報告されているので、第2相臨床試験の結果をもって特別な承認も検討してもらいたい」
(筆者注:医薬品の承認は通常は第3相臨床試験まで必要)
イベルメクチンがコロナ治療薬として承認されるのを待ちきれず、「実力行使」に出る人たちも現れている。個人輸入で海外のイベルメクチンを購入する方法だ。ツイッターには、その体験談があふれている。
「わが家では家族そろって2回目を飲み終えました」
「ワンシートが12ミリグラムだと勘違いして2粒24ミリグラム飲んでしまいました。とくに体調に変化なし」
「早速1錠服用したが、とくに副作用もなし。いろいろみて医療従事者ではないからまた2週間後という独自判断」
このように個人輸入した人たちの大半が医師や薬剤師に相談もせず、ネットの情報や経験者のアドバイスを参考にして服用している。また海外で行われている臨床試験の用法用量などを勝手に解釈し、ツイッターに掲載している個人輸入の業者もいる。このような服用は極めて危険だ。
イベルメクチンは臨床試験によって、プロトコール(治験実施計画)が違う。1回のみの服用もあれば、連続5日間服用の研究もある。1回の服用量もさまざま。しかも海外のイベルメクチンは1錠当たりの量が違うのだ。
「イベルメクチンは安全な薬」とされるが、それは承認された効能効果のために、定められた用法用量が前提である。新型コロナの予防や治療としての有効性と安全性が担保された用法用量は、まだ確立されていない。
加えて、海外の医薬品は偽物のリスクが避けられない。すでにメキシコでは、「偽イベルメクチン」が出回っていることが報道されている。
「過剰摂取すると死亡する可能性」とFDAが警告
一般の人が自己判断でイベルメクチンをコロナ治療薬として服用する問題は、世界各地でも起きている。
今月5日、アメリカの食品医薬品局(FDA)は、「新型コロナの予防や治療にイベルメクチンを服用すべきではない理由」とする注意喚起を行った。
「コロナ治療薬としてのイベルメクチンは、まだ初期研究の段階だ。未承認の段階で、イベルメクチンを服用するのは非常に危険である。『イベルメクチンを大量に服用しても大丈夫』という情報は間違い。イベルメクチンの過剰摂取は、嘔吐、下痢、アレルギー反応、めまい、発作、昏睡、そして死を引き起こす可能性がある」(※一部抜粋・要約)
3月4日、信頼性の高いアメリカ医師会の医学誌『JAMA』に、コロンビアで行われたイベルメクチンの研究論文が公表された。新型コロナの軽症患者400人をランダムに2つのグループに分け、5日間連続でイベルメクチンを投与したグループ、プラセボ(偽薬)を投与したグループを比較したRCTである。この結果、コロナの症状が解消するまでの期間に2つのグループに統計的な有意差はなかった。
北里大・花木教授は、この研究について次のように指摘する。
「この論文は、悪化率がイベルメクチン投与群で2.2%(6人/275人)、プラセボ群で3.0%(6人/198人)でした。通常、感染者の20%が悪化するので、本治験は信じられないほど低い数字です。97%以上が自然治癒する母集団になります。この母集団ではイベルメクチンが効いても効かなくても有意差はつきません。
このRCTの本来の目的はイベルメクチンの悪化率抑制ですが、悪化する患者がいないので目的を達成できず、そのために目的を変更しています。通常、治験の根幹となる目的変更を行ったRCTの信頼度はとても低くなります。ほかにもプラセボが準備されていないのに試験を開始するとか、プラセボ群の75人にイベルメクチンを投与するとか、95%以上が在宅患者など、どうやって治験をコントロールしているのか不思議な治験だと思います」
一方、医薬品の臨床試験に長く関わっている、日本医科大学の勝俣範之教授(腫瘍内科)は、別の見解を示した。
コロナ軽症患者に大きな有効性は認められない?
「イベルメクチンの研究は、後ろ向き研究や小規模の前向き研究(※)など、信頼性の乏しいものばかりでした。今回の研究はイベルメクチンの有効性を検証した、初めての質の高い大規模臨床試験の結果です。評価を悪化率から完全寛解率に変更したり、一部のプラセボ群にイベルメクチンが投与されるプロトコール違反があったりするなど、問題点も見受けられました。
ただし、その問題点を考慮して、完全寛解率75%と計算、誤って有意差が出なくするエラーを20%に保つようにして、プロトコール違反があった症例を除いて解析するなどしています。さらに複数の方法で念入りに解析した結果、イベルメクチン投与群とプラセボ投与群に有意差はみられませんでした。少なくとも、コロナ軽症患者に、イベルメクチンは大きな有効性は認められないと判断してよいでしょう」
(※後ろ向き研究は、治療が終了した患者を対象に、仮説を立てて過去にさかのぼって原因と結果を研究する手法。研究側の選択バイアスがかかりやすい。治療開始から追跡する前向き研究のほうが、質が高い)
実は、コロナ軽症患者を対象にした治療薬の候補として、イベルメクチン以外にも複数の薬が存在している。その1つが痛風治療薬のコルヒチン。カナダ、アメリカなど6カ国が参加したCOLCORONA試験では、重症化リスクのある軽症患者4488例が対象。コルヒチン投与群は、30日後の死亡および入院リスクが、プラセボ群より21%抑制された(公表データは査読前論文)。
日本でコルヒチンの医師主導治験を進めている、琉球大学の植田真一郎教授(臨床薬理学講座)に研究の意義を聞いた。
「コロナウイルスの変異株が出ているので、ワクチンだけでコロナを解決できるかどうかわかりません。少なくとも軽症患者が重症化しない治療薬があれば、病床逼迫も回避できるはずです。
日本でコルヒチンがまったく評判になっていない理由ですか?
それは治験中に期待を持たせすぎると、患者の誘導になるので、私たちが積極的にアピールしていないからでしょう。有効性があるか否か、わからないから治験を行うのです。それなのにコロナに効くというイメージを、患者に与えるのは倫理的に問題です」(琉球大・植田教授)
国のコロナ対策や専門家に対して不信感が深まり、SNSでは個人の思い込みや根拠に乏しい情報が飛び交うようになった。一例として、「アビガンが承認されていないのは陰謀」という説が一部で信じられている。
医薬品の承認を受ける際のRCTは、「治験薬」か「プラセボ(偽薬)」か、患者にはわからないようにするのが大原則。アビガンの場合、それが不完全だったというのが真実だ。現在、アビガンは再審査に向けて臨床試験の準備が進められている。
イベルメクチンを特効薬とする報道は論外
医薬品の承認審査に詳しい東京大学薬学部の小野俊介准教授は、イベルメクチンをめぐる騒動についてこう述べた。
「ちょっと頭を冷やして、と言いたいですね。コロナ禍という非常事態であっても、イベルメクチンを特効薬とする報道は論外です。現時点では、イベルメクチンは効くかもしれないし、効かないかもしれない。
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RCTにも、研究によって信頼性に差があるので、海外のデータが日本で同じ結果になるとは限らない。薬の審査は、そんなに単純なものではありません。質の高い数千人、数万人の大規模臨床試験を行わない限り、当面の有効性はわからないのです」
軽症患者の治療薬があれば、新型コロナも「ただの風邪」として、恐れる必要はなくなるかもしれない。いま日本を含めた世界各地で、さまざまなコロナ治療薬の臨床試験が進んでいる。その結果は、そう遠くない時期に判明するはずだから、一部メディアの情報に惑わされず、もうしばらく冷静に見守りたい。