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音羽優樹

コロナ禍で考えること

2021.08.20 10:00

皆様お久しぶりです。

仕事が立て込んでいたり、ワクチンの副反応と胃腸炎が重なり命の危機を感じることもありましたが私は元気に働いています(遠い目)


さて、新型コロナウイルスの蔓延による世界的影響が及び初めてから、およそ1年半ほどが経過しました。

様々な活動が制限され、人と人との繋がりが希薄にならざるを得ない状況が長く続いています。

行きたいところにも行けず、やりたいことも出来ず、疲弊してしまい、やり場のない苛立ちを抱える方も多く見かけるようになりました。




群れが弱点


突然ですが、生き物は「群れ」をつくります。

個体の限界を超え、種を存続させるために。

木は林になり森になります。

鳥は群れて飛ぶし魚も群れて泳ぎます。

人間も同じです。

特に人間は、国だとか信仰だとか抽象的なもので億単位の群れを作りました。

これは人間だからこそ成し得たことかもしれませんね。

生物にとっての恐怖(避けたいこと)はその種が途絶えてしまうことと思いますが、人間にとっての恐怖は貧しさでもも病気でもなく、自分の存在する価値が無くなってしまうことなのではないかと個人的には感じています。

群れは強いですが、無敵ではありません。

新型コロナウイルスにとっては、「人間の体内」という生存に有利な場を見つけて身内を増やしているに過ぎないのですが、私たちにとっては集団生活が弱点となってしまいます。


人と人が関わり合うことで救われる人は多いです。

人命と同時に心を救うこともあります。

心が救えなければ命が救えないこともあるほどです。

誰かが困っていたら助ける。何か行動を起こすことで乗り越えられる困難はもちろんあります。

ですが、今はそれすらもできないのです。

とにかく感染を広げないために、極力直接の繋がりを絶たねばなりません。




何のために生きているのか


インターネットが普及しているのでリモートやオンラインと言った手段で生活に必要なやり取りが出来ることが判明し、どうにかこうにか生命活動を維持ことは可能です。


ですが、私たちの生きる意味は種の存続だけではなくなってしまいました。

応援しているアーティスト、芸能人のイベントがないこと、あったとしても向かってはならないとされていることは悲しいですし、もっと言えば大切に思っている人に「あなたは私にとって、とっても大切な存在だよ」と近くで伝える事ができないことは、やはり辛くて苦しいです。

それほど私たちは個体としては生きられない存在になってしまったのだと思います。


ですが、そうある事の幸せ・生きる意味を知っているからこそ、暑くて苦しい中不織布マスクをつけっぱなしで働き、勉強し、電波越しの僅かな接触で繋がりを固くして、このパンデミックを乗り越えるべく新たな形の群れを形成して戦っています。

これもまた人間だからこそのものだと思います。


今のこの世界的な現象こそ「種の存続以外の生きる意味」を持っていることのあらわれかも知れません。

東京オリンピックの開催の賛否が問われることとなったのも良い例で、生物としての種の存続のみを考えるなら中止一択だったと思います。

勘違いを防ぎたいので補足しますが、ここで話したいのはそれが良かったのか悪かったのかとかではありません。

意見が分かれたという事実こそが、やはり人間という種でなければ起きえなかった事なのではと考えています。


それでもやはりどんなに通信社会が発達しても、心と心の繋がりは、相手の体温を感じて、隔てるものなく鼓膜で声を拾い、目と目で互いを認識し合うことで得るものが1番大きいことに変わりないのではと思います。

SNSやリモートや配信など様々な接触手段がありますが、五感のすべてを使い、体 全身でで情報を得ることでしか感じられない物は必ずあるはずです。


演劇・ミュージカル・絵・ライブ・握手会・コスプレイベント・トークショー・旅行……人それぞれ生きがいや楽しみは異なります。


今の私はそれらに何も隔てるものなく、後ろめたさを感じることも無く、全ての感覚で本物に心置き無く触れられることを望んで、ワクチンも2度目の摂取を終えています。(1回目も2回目も39度前後の熱が出てえらい目に逢いましたが)


まだまだ厳しい状況は続いていますが、各々がやるべき事を果たすことが今は必要なのかなと思います。


(日本海と最推し。そろそろ旅行に行きたい…)

(コスプレイベントには丸2年参加出来ていません)

(実は2回しか出せていないゾロ)