「宇田川源流」【お盆休みの歴史談義】6 物語を求める一般の人々の心
「宇田川源流」【お盆休みの歴史談義】6 物語を求める一般の人々の心
今週は「お盆休みの歴史談義」として歴史と地域に関する様々なお話をさせていただいている。
本来、日曜日なので「日曜小説」の日なのであるが、今週は本日までその話をさせていただいてしまおうと思う。何しろ「土曜日のエロ」もなかったのであるからなかなか気合の入った感じだ、と自分でも思うので、本日はこのまま進めさせてもらおうと思うのであるが、まあ、明日からはお盆休みではないので、本日が最終になるか、このつづきをそのうちまたやるのか。
さて「地域興し」を行うにあたって、「物語を作る」ということは非常に難しいものなのです。実際に、民話などで「物語の基礎」があればよいのですが、基本的には「史実」を探るよりもかなり難しいということになります。そこで今回は「歴史上の人物のの物語はどのようにして作るのか」ということを書いてみようと思うのです。
さて、「歴史小説」というものは、まずは基本的に「創造の産物」でしかありません。何しろ小説家はその人に会ったことはないのですからドキュメントというわけにはいかないのです。当然にビデオや録音のようなものも何も残っていないのですから、結局は想像せざるを得ないということになります。ましてや、「この時こう思った」などということは、よほどのことがない限り記録には残っていませんし、また、その内容がもしも書いてあったとしても、本当にそのように考えていたのかという検証までできていないということになります。
このような時に、では作家は何をするのでしょうか。
まずは、作家というのは、その人の出来事を列挙します。もちろん、世上歴史上の人物ですから、それなりに評判があります。しかし、この時点ではそんなことは気にせず、その人の言葉やエピソードなどを調べ上げて列挙します。本当にくだらないことでもよいのです。
このように書いてもあまりイメージがわかないと思いますので、私が最も最近に書いた山田方谷を例にとりましょう。もちろんすべてではなく簡単なものだけにしてここでは記します。
さて、山田方谷という人物は、「酒が好き」「陽明学者」「結婚を三回している」「奇想天外なアイデア」などから「プライベートを省みないで学業や仕事に没頭した人物」というようなイメージが出来上がります。そして「酒を飲みながら何かを考えた」のか、それとも「ストレスが溜まって酒で紛らわせていた」のか、酒などに関しては様々な考え方が出てきます。
ここまでできれば次に「それに似た性格を持った人物を見の周りから探す」ということをします。山田方谷の言葉を借りれば「友に求めて足らざれば世界に求め、世界で足らざれば古人に求めよ」ということで、まさに、世界の各地で似たような人のエピソードを探し「キャラクターの性格」を完全に作り出すということになります。
この時に、何かほかの事件があった時に、その「キャラクターならばどのような動きをするか」ということを考えるのです。ここで「自分独自の山田方谷が動き出す」という感じになるのでしょうか。
さてこのようにして、様々なキャラクターが出来上がってくれば、そのキャラクターと他のキャラクター、例えば、山田方谷というキャラクターと佐久間象山というキャラクターが交わった時にどのようになるのかということを考えてゆきます。そして、そのキャラクター二つが交わった時のエピソード(空想でこのようになるというもの)と、史実をみくらべて、その二つの違いから細かい部分のキャラクターを修正してゆくという作業を行うのです。かなり細かい、根気のいる作業なのですが、このキャラクターがうまくゆかないと、基本的には何も書けないということになります。素人の方が書かれた場合、このキャラクターの設定が全くうまくいっていなかったり、不十分で作ってしまい、その不十分なままで進めてしまうので、途中でキャラクターが崩壊してしまったり、あるいは、その性格では絶対に起きないエピソードが出てきたりしてしまうということになります。史実通りにならなかったり、または何かおかしな話になったりということはまさに、このキャラクターの設定がうまくいっていないということに他ならないのです。
例えば、石田三成が「人望のあふれる誰からも好かれる人」というような場合、小早川秀秋はなぜ裏切ったのか、それ以前になぜ石田三成は加藤清正や福島正則に嫌われたのかというようなことになってしまいます。その辺をキャラクターづくりで失敗してしまっている人は少なくないのでウ。
このようなキャラクターを作り込むのにすごい時間がかかります。まあ、ある意味で「人の半生」をメモしたような「キャラクターシート」を登場人物の全員分作るということになるのですから、そんなに簡単なものではないのです。
そこで、そこまで作った後に、そのキャラクターを頭の中で動かして、史実の通りの場所に動かしてゆくということになります。当然に、キャラクターがあって、ある意味で参考になるような人物もいますので、その人物がその場で何をするのかということを考えるということになるのです。
さて、このようになれば、「地域とのかかわり」や「名産品」も様々に作ることができます。いや、勝手に作るというのではなく、そのキャラクターが作ってくれるといえばおかしいかもしれませんが、そのキャラクターがうまく見せてくれることになります。山田方谷であれば、「備中鍬」を作るということになります。当然に自分で農作業をやってみて、このように改良した方がよいというものがあり、また鉄を扱う人が近くにいて、また鋳型を作る人がいて、そのうえで、「実験的に頼むことができる環境にあった」ということになるのです。単純に、一回ですべて成功するわけではなく、備中鍬を作るにも様々な失敗や無駄、実験があったと思うのですし、そうでなければおかしいということになります。そのように考えれば、山田方谷の周辺の環境ということもよくわかるでしょう。つまりそのような友人関係があり、そして失敗を恐れずに実験をしてくれる人がいた、そしてその実験品である備中鍬を使ってみて、意見を言ってくれる農民たちに支えられていたということがわかるのです。
ではその農民は何を作っていたのでしょうか。当然に稲ばかりではありません。そこで「お茶」「タバコ」「紙(楮)」というような、その当時備中高梁でできていたものが見えてくるということになるのではないでしょうか。
このように見えてくれば「柚餅子なども特産品となった」「一揆などが多い政情不安の幕末で山田方谷と書いてあれば、その荷物は狙われることはなかった」というようなエピソードにつながるということになります。
このように「人の性格」から、その人の周辺の環境が見えてきますし、またその人の周辺の友人関係や物品、土地が見え、そしてそのエピソードが見えてくるということになります。もちろんそのエピソードは、今に伝わる昔のものであっても、実際に、キャラクターそのものの動きを立証するということに変わってくるのです。
では「備中鍬の失敗品」はどのようになったのでしょうか。
このように考えれば、様々なことが見えてきます。この失敗品があったおかげで、「備中鍬は修理を受け付けていた」というエピソードにつながりますし、また、全く別で「鉄が豊富にあった」ということから「農兵である里正隊」の編成ということにつながります。
つまり、鉄による「防具」を作ることも可能になり、その防具も備中鍬のようにオリジナルで出来てくるということになるのです。単純に「鉄砲玉」というような発想ではなく防具という発想をすれば、現在に伝わる当時の「里正隊の制服」ということにも繋がってくるのです。
このように「人」を中心にその繋がりやエピソードを見てくれば、当然に、「当時の話」が見えてきます。このようにすれば記録に残っていない部分のエピソードも見えてきます。それは「単なる空想」ではなく(私自身は、講演などでは空想といっていますが)ある程度近いものということになってくるのです。
このようにしてキャラクターを作るので、司馬遼太郎の書いた「竜馬がゆく」の坂本龍馬はうまく書けていて人々の人気が出ますし、また、その「竜馬」という名前を使った高知の名産品が出ても、あまり違和感がなく受け入れることができてしまうということになるのです。
さて、このように見てゆくと「歴史」ということを見ながら、そして歴史上の人物を見ながら地域興しを行うことが、最も地産地消の近道であるということがわかります。
そしてその「広報的機能」を付けたことが「大河ドラマ誘致」ということになるのですが、その話はまた何か別な機会に。