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超人ザオタル(30)自分への道

2021.08.23 23:48

その晩、アルマティとタロマティが部屋を訪ねてきた。

私は静かに目を閉じて座っていた。

ふたりに気づいて目を開けると、部屋に迎え入れ椅子をすすめた。

「…さて、何か聞きたいことはあるかね」


私が微笑みながらそう尋ねると、しばらく沈黙が続いた。

「…、自分を知るとはどういうことでしょうか、ザオタル。

それが道だと聞いています。

ただ自分を知った人はだれもいないとも聞いています」


アルマティが高まる好奇心を押さえるように静かな口調で言った。

「自分を知ること、それが道であることは間違いない、アルマティ。

私も自分を知ったという人に会ったことがない。

だから、何が自分を知ることなのかを教わったこともない。


それはどうしても自力で見つけなければならないのだ。

たとえ自分を知った人に出会うことがなくても。

そうすることに確信が持てないとしても。

現実としてそこへと道は続いているのだ。


その道は世界から心の中へと伸びている。

世界の中を探しても自分はいない。

これが世界を歩く者が最後に知ることだ。

これも世界を歩いた上で、自分で理解しなければならない。


それを理解できなければ、世界の扉はまだ開いたままだ。

そして、いつでもそこに戻れるように道を残しておこうとする。

心の道を行くことは世界へ戻る扉を閉じることでもある。

このことを私が完全に理解しているとは言わない。


私でさえ、まだ世界に心残りがあるのだ。

この草原の世界で日々を静かに暮らしたいとさえ願っている。

だが、それでは自分が分からないままになる。

歩くべき道はまだ残されていると知っている。


自分とは誰なのだろうか。

それは世界を逆回転させなければならない。

世界から手に入れたものを手放していくことで見えてくる。

瞑想がそこへと導いてくれるだろう。


その自分の深いところには何もない。

そこは色彩豊かな世界とはかけ離れたところだ。

何もないのだが、私だけはそこにいる。

その私を知ることが、自分を知るということだ」


私は思いつくままに言葉を重ねた。

タロマティが口を開いた。

「私たちはその道とやらを歩き、自分を知らなければならないのでしょうか、ザオタル。

私たちはこの世界で生きているのですよ。


それを黙して見ようとしないことに意味があるのでしょうか。

私は多くの旅人を見ていきました。

みんながみな、とても苦しそうです。

それは世界での暮らしを無視しているからではないでしょうか。


私は自分を知っています。

ここで生きているこの身体と心が私です。

そうであることに誇りを持ち、生きる意味を感じています。

これが私の道であり、終着地だと受け入れています」