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WUNDERKAMMER

ショートショート 1441~1450

2021.10.11 04:24

1441.薄紫色の夜、私は夜行列車に乗っていた。外には砂漠が広がり、廊下に並んだ部屋を覗くと中は深海になっていた。隣の部屋には蝶達が、隣の隣には金の月がお姫様の様に浮かび、「私達は同じ物語に出る途中です」と言うのでまた会える様な小さな物語である事を祈りながら私は静かに月光の熱を覚えていく。

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1442.眠れない私の部屋は月明かりの底、数え終えられた羊達が音もなく犇めきあっていた。業者にメールを送り、暇だったので一匹毛刈りをすると毛の下は夜になっており、化石の様に艶やかだった。暫くすると扉が開いて姿のない羊飼いに連れられ羊は出てゆき、残された私と夜の化石は二人ぼっちで眠れない。

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1443.雨に混じり螺鈿色の、薄荷飴をのような欠片が降り注いたその夜どうも月が死んでしまったらしかった。ニュースは飛び交い科学者は未来を計算し、詩人は作品を作る等一通り慌てた後私達はもう月のない空に慣れきって、あれから少ししょっぱさの増した海と海岸には未だ月の欠片達がきらきらと死んでいる。

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1444.草木も月もコンクリートも飲み込む暗闇の中、真っ赤な林檎が落ちていた。絶対的な印らしいそれは夜の密度に干渉しない様で、切ってみると中から液状の宇宙がきらきらと流れ出し、青色と一緒に何かの胚が出てきたので星明かりで汚れたまな板の上、生まれる筈だったどこかの神様を殺した事に気が付いた。

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1445.目覚めると夜は深緑色で、空では滲んだ花が咲く中を巨大なアロワナが泳いでいた。どうも新しい神様が就任したらしく最初に夜から創造し直すという。「四月だからね」と君は笑い、白い月が鈍く輝く。明日には新しい聖書が本屋に並ぶので、私達は古い聖書に書かれた幸福の字だけを蛍光ペンで塗っていく。

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1446.バスタブで眠っていた私達は気付くと海を漂っていた。水平線には砕けた月が粉砂糖の様に沈黙し、太陽は青い光を鬱々と伏せさせ「見て」と君が覗く底にはいつか行こうと言っていた遊園地が水没し、もう助からない過去達から昇る泡沫が星と混ざりあう世界で私達は枕の下に入れていた林檎を一つ齧り合う。

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1447.夜、目を覚ますと猫が月明かりを見つめていた。どうしたのか聞くと「魚を見ているんだよ」と言い、見渡すと床の光の中に影絵のような魚が泳いでいたので随分と涼しい光だと思いながら息の出来る海より深いものはないのだと私達の夜の底にて、一人と一匹分のぬるい薄荷水から氷の溶ける音が響いている。

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1448.図書館を見つけた。月明かりの満ちる室内には色褪せた様な青い表紙の本が並び、どれも誰かの夢日記らしい。期限は一ヵ月とあったので一冊借りそれからずっと読んでいたのだが、ある朝見ると溶けた様な跡を残して本が消えてしまい、もう一度図書館へ行くとそこには一枚の大きな水溜りがあるだけだった。

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1449.その教会には窃盗罪を許す神様が祀られておりミサの日にはスリや強盗などが集まり祈りを捧げるのだが、その際献上する花々はやはり盗んだものでそもそも祀っているのも拝む前は仏像だったが今はマリア像にすり替わっており、ただ正体不明の神様と許される気のない私達だけがいつまでも変わらずにいる。

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1450.漂流していると小さな劇場が流れてきた。カーテンの閉じたそれはブーンと音を立ててゆっくりと開き、ブリキの魚達が優雅に操られるその奥にはかつて海のものだった様な螺鈿色の一等星が輝いて、私がいつも探していたのはきっとこれだったのではと思いながら私は伸ばした指先から夜空へと落ちていく。