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手の中の秘密基地

すとん

2021.08.27 00:46



心が満たされている時、私には目に映るすべてがきらめいて見える。


鳥たちのはずむような歌声

つめたい朝の空気

うつわを置く時のことん、という音

犬たちのぬくもり

うつろう光


世界の美しさに驚いて、めいっぱい息を吸いこむ。




けれど、心が疲れていると、何もかもがぼやけてしまう。

生きることに焦って、今の自分が惨めに思えて、先の見えない日々に怯えて。


なんてことない言葉が、ちくちく心に刺さって、自分を嫌いになる。

変わらなきゃ!と必死になって、だけど上手くいかなくて、こんな自分じゃダメだ…と思ってしまう。


そんな苦しい日々の中では、好きなものすらわからなくなってしまう。




もやもやとした鉛のような気持ちをどうにか抜け出したくて、もがいてもがいて、悔しさに止めどなく涙を流す。

どうしたらいい?

私は、どう生きたらいい…?




そうしてもがき続けていると、ある日ふと、ぱっと視界がひらける時がくる。

今日の早朝、まさにそんな感覚になった。



きっかけはある本の一節。

大好きな作家の夏生さえりさんのエッセイ

『揺れる心の真ん中で』


ぐるぐると考えている中で、「あ、そうだ。あの本のあのあたりに、今の私に必要な言葉があったはず…」と直感した。


記憶を頼りにページをめくり、読み返したのはこんな場面。

 さらに悪いことに、心が弱ってくると急に周りのひとが気になる。
「あのひとは、あんなに頑張っているのにわたしは」
「あのひとなら、こんなに迷わないだろうにわたしは」
 言葉にならないくらいの小さな気持ちが日に日に積み重なって、いつのまにか喉元まで迫ってきて。

心に元気がなくなり、なにがしたいのかわからなくなってしまったさえりさんは、その気持ちをパートナーに打ち明ける。

そして、さえりさんのパートナーはこう言うのだ。

「なにも変わらないことの、なにがいけないの?」


「さえりはさ、なにをしたいかを考えるよりも、どう在りたいかを考えるひとだと思うんだよ。どんな生活をして、どんな自分でいたいかを考えるひとなんだよ。だから『なにをしたい』とかなくていいよ。今までのように、どう在りたいかを考える。それでいいんじゃないかって、俺は思うけど」



すとん。

腑に落ちた。




ずっと抱えていた重い荷物がすっと消えて、驚くほど軽くなり、視界がひらけた。




あ、いい風。


水の音って気持ちいい。


今朝の光、綺麗だ。




心が軽くなったら、うきうきしてきて、

「あ、今日はこんな日にしよう」

楽しいアイデアがぽんと浮かぶ。


ひとつひとつを味わえて、そうして楽しんでいると、身体も軽くなってきて、

「ピアノ、弾きたいな」

「散歩に行こうかな」

思いつくままに好きなことをして、心がひたひたになってゆく。



そうだ。

私の誇れるものは、この心なんだ。


何か一つのものを突き詰める人に憧れるけど、そんな人になろうと頑張ってみても、無理をしているから苦しいだけ。

苦しいから、夢中になって楽しんでいる人にはどうしたって及ばない。


けれど。

私は心の向くままに歩いて、豊かに感じることができる。

ささやかな幸せを、じんわり味わうことができる。


そうすると、人にも自分にも優しくなれる。

そうだった。

私は"優しさという強さをもったひと"で在りたいと、ずっと心に誓ってきた。




心が喜ぶことをしよう。

心を満たして、優しい自分でいよう。

そしたら世界は、美しく光って、私を包んでくれる。