きょうだい
1 「きょうだい」の漢字表記
「きょうだい」を漢字表記する際に、一瞬戸惑われたことがないだろうか。「きょうだい」は、「兄弟」と表記するのが一般的だが、例えば、兄と妹の二人「きょうだい」と書く場合に、「兄弟」と書くのは事実に反するような気がするからだ。
『精選版 日本国語大辞典』(小学館)によれば、「兄弟」は、
「① 兄と弟。また、その関係。けいてい。きょうてい。※続日本紀‐神亀四年(727)」
「② 同じ父母から生まれた子どもたちを、男女の別に関係なくいう。また、その子どもたち同士の関係をもいう。兄弟姉妹。※謡曲・玉井(1516頃)」
とある(③〜⑤は、省略:久保)。
そして、『精選版 日本国語大辞典』(小学館)の「兄弟」の[語誌]には、
「「姉と妹」を示す「姉妹」も同様に中国語から日本語に入ってきたが、日本においては男女によって特に区別することはなかった。そのために、兄と弟に限らず、姉と妹であろうが、姉と弟、兄と妹の場合でもキョウダイが使用されてきた。また、兄と弟を特にオトコキョウダイと言ったり、姉と妹をオンナキョウダイと言ったりすることがあるように、キョウダイは兄弟・姉妹の上位概念として使用されている。」
とある(下線:久保)。
つまり、「兄弟(きょうだい)」は、長幼及び性別を問わず、兄弟(けいてい)・姉妹(しまい)の上位概念として使用されているから、上例の兄と妹の二人「きょうだい」の場合であっても、「兄弟(きょうだい)」と書くのが日本語としては正しいわけだ。
ところが、誤解を招かぬようにするためだろうか、法律では、「兄弟(きょうだい)」ではなく、「兄弟姉妹」(けいていしまい)が用いられている(ex.民法第850条、第877条、第889条、第900条、第901条、第966条など、地方自治法第117条、第169条、第189条、第198条の2、第199条の2など)。
「兄弟姉妹」の兄・弟・姉・妹という字を2字組み合わせると12通りになるが、まず年上優先、次に男優先で書かれるため、実際には兄弟(けいてい)、兄妹(けいまい)、姉弟(してい)、姉妹(しまい)の4通りになる。
音読みでは堅苦しいためだろうか、小説や漫画では、これらに「きょうだい」とルビを振っている場合があるが、正しい読み方ではない。
2 「兄弟(きょうだい)」が兄弟(けいてい)・姉妹(しまい)の上位概念である理由
では、支那(しな。chinaの地理的呼称。)では、長幼及び性別によって「兄弟(けいてい)」・「姉妹(しまい)」を区別しているのに、日本では、長幼・性別を問わず、兄弟(けいてい)・姉妹(しまい)の上位概念として「兄弟(きょうだい)」を用いているのは、なぜなのだろうか。
私は、国語学者ではないので、鵜呑みにしないでいただきたいのだが、おそらく元々日本語では長幼及び性別によって「きょうだい」に序列を付けていなかったからではないかと思う。
というのは、古文の授業で習ったように、古語では、「兄」を「え」と読む場合と、「せ」と読む場合があるが、「え」と「せ」では意味が全く違う。
「兄」を「え」と読む場合には、兄弟姉妹のうち自分より年上の兄又は姉を指す。つまり、性別を区別していないのだ。
「え」の対語は、「おと」だ、。古語で「弟」を「おと」と読むが、これは、弟又は妹を指し、性別を区別していない。
これに対して、「兄」を「せ」と読む場合には、女性から見て、兄弟姉妹のうちの兄若しくは弟又は夫・恋人など、男性を親しんて呼ぶ言葉であって、年上(兄)か年下(弟)かという長幼を区別していない。英語で言えば、brotherに近い言葉だ。
「せ」の対語は、「いも」だ。古語で「妹」を「いも」と読むが、男性から見て、兄弟姉妹のうちの姉若しくは妹又は妻・恋人など、女性を親しんで呼ぶ言葉であって、年上(姉)か年下(妹)かという長幼を区別していない。英語で言えば、sisterに近い言葉だ。
『精選版 日本国語大辞典』(小学館)の「姉」の[語誌]によると、「姉妹を指す語として、年齢を区別しない「いも」「いもうと」もあり、平安時代までは「あね」とも「いもうと」とも呼んだ。例えば「源氏物語」の空蝉(うつせみ)という女性は、弟の小君(こぎみ)から両方の語でよばれている。その場合、「あね」は法制的な続柄、「いもうと」は近しく暮らす間柄という違いであったらしい。」とある。
以上のように、古代日本では、「え(兄)」は兄又は姉を指し、「おと(弟)」は弟又は妹を指して性別を区別していなかったし、また、「せ(兄)」は兄又は弟を指し、「いも(妹)」は姉又は妹を指し、長幼を区別していなかったから、漢字が移入された際に、「兄弟(きょうだい)」という漢語は、「兄弟」及び「姉妹」の上位概念として用いられたのだろう。
支那人も我が子に平等に愛情を注いでいただろうが、儒教では、男子でなければ、先祖の霊を祀ることができないと考えられていたため、男尊女卑が激しかったことは否めない。
身贔屓(みびいき)かも知れないが、古代日本では、親が長幼及び性別で子供を区別せずに、分け隔てなく愛情を注いでいたことが兄弟姉妹の呼び方にも反映しているように思われるのだ。
なお、古代日本では、長幼及び性別で子供を区別しなかったが、母を同じくするかどうかは区別した。腹を痛めて産んだ子かどうかが母権社会ないし母系社会であった古代日本においては、重要だったからだろう。
すなわち、古語では、同腹の(=母を同じくする)兄弟姉妹のことを「はらから(同胞)」といい、転じて、一般に兄弟姉妹を意味するようになった。
そして、「え(兄)」、「おと(弟)」、「せ(兄)」及び「いも(妹)」が同じ母から産まれた場合には、親愛を表す接頭語の「いろ」を付けて、「いろね(兄)」(同母の兄姉又は兄若しくは姉を親しんで呼ぶ語)又は「いろえ(兄)」(同母の兄又は兄を親しく呼ぶ語)、「いろと(弟)」(同母の弟妹又は弟若しくは妹を親しんで呼ぶ語)、「いろせ(兄)」(同母兄弟又は女子から兄若しくは弟を親しんで呼ぶ語)、「いろも(妹)」(同母の姉妹又は男子から姉若しくは妹を親しんで呼ぶ語)と呼ばれた。
これに対して、父が同じで、母が違うことを「ことはら(異腹)」又は「まま(継、庶)」といい、「ままあにおと(兄弟)」という風に言った。
時代を経るにつれて、我が国も父系社会になっていったのに、母を同じくするかどうかの区別が、正室・正妻の子(嫡子)か側室・妾(めかけ)の子(庶子)かという形で残ってしまった。
かつて民法でも、嫡出子(婚姻中の夫婦の間に生まれた子供)と非嫡出子(婚姻中でない男女の間に生まれた子供)との間には、法定相続分に違いがあった。
すなわち、「子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の二分の一とし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。」とされていた(改正前の民法第900条第4号)。
しかし、最高裁が、「非嫡出子と嫡出子で相続分が異なることは、法の下の平等を定める憲法14条1項に反している」との判決を下したことにより(最判平25.9.4)、平成25年12月5日、民法の一部を改正する法律が成立し(同月11日公布・施行)、「嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の二分の一とし、」と定めた部分(第900条第4号ただし書前半部分)を削除して、嫡出でない子の相続分が嫡出子の相続分と同等になった。
すなわち、「子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。」とされている(改正後の民法第900条第4号)。
3 「次男」・「次女」か「二男」・「二女」か
ところで、私には、妹が一人いるだけなので、私は「長男」で、妹は「長女」ということになるが、もしもう一人弟又は妹がいた場合には、「次男」・「次女」と表記すべきか、それとも「二男」・「二女」と表記すべきかと悩んだと思う。
『精選版 日本国語大辞典』(小学館)は、「じ‐なん【次男・二男】 〘名〙 むすこのうち、二番目に生まれた子。次子。次郎。」と述べて、吾妻鏡が「次男」を、太平記が「二男」を用いていることを記している。古くから両方が用いられていたわけだ。
「じ‐じょ ‥ヂョ【次女・二女】」も同様であって、「二番目に生まれた女の子。」を意味する。
とすると、日本語としては、「次男」・「次女」でも「二男」・「二女」でもどちらでもよいということになる。
ところが、戸籍法施行規則(昭和二十二年司法省令第九十四号)第33条第1項は、「戸籍の記載は、附録第六号のひな形に定めた相当欄にこれをしなければならない。」と定め、附録第六号のひな形は、「二男」・「二女」を用いている。
厳密に言えば、附録第六号のひな形に定めた相当欄に記載しなければならないだけであって、ひな形が用いている「二男」・「二女」を用いなければならないわけではないが、戸籍実務では、ひな形通りに「二男」・「二女」が用いられている。
https://elaws.e-gov.go.jp/data/322M40000010094_20200501_502M60000010032/pict/S22F00501000094_2006231706_007.pdf
ただ、一点、厄介なことがある。常用漢字表(平成二十二年内閣告示第二号)には、常用漢字「二」の音読みが「に」しか載っておらず、「じ」という音読みが載っていないのだ。
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/pdf/joyokanjihyo_20101130.pdf
常用漢字表に従う限り、「二男」・「二女」は、「になん」・「にじょ」と読まなければならないことになるが、このような読み方をする日本人はいない。
そもそも漢字「二」は、漢音では「に」、呉音では「じ」と読み、「二男」・「二女」を「じなん」・「じじょ」と読んできたからだ。
国語審議会ってアホなの?苦笑
「ど素人が知った風な口を利くな!」とお叱りを受けそうなので、ここらで退散しよう。