「今が未来につながる」『ハッピーアワー』から最新作『偶然と想像』を語る 8/25映画館と映画作家の10年|濱口竜介/林未来【後編】
5日目の『PASSION』上映後に行われた濱口竜介監督と林未来支配人のトークショー。後編は2013年の大きなターニングポイントからお届けしたい。
■2013年
『ハッピーアワー』に結実した神戸移住(濱口)
性に合っていた映写から支配人へ(林)
今回の書籍で対談が実現したきっかけであり、元町映画館と濱口監督が長きに渡る関係を作るきっかけとなる『ハッピーアワー』が公開される前に、両者にとって重要なターニングポイントが2013年に訪れる。
『ハッピーアワー』を撮影するために神戸に移住した濱口監督は当時を振り返り、
「結果的に『ハッピーアワー』に結実しましたが、本当に作れるのかと思いながら、映画を作るということでワークショップを開催するために神戸へ本格的に引っ越してきたのが2013年6月で、そこから3年間暮らしました。三宮の南側にあるKIITO(クリエイティブデザインセンター)でワークショップを重ねて映画を作りながら、元町映画館にはお客さんとして訪れていましたね」
一方、林さんが元町映画館の新支配人に就任したのも2013年秋だった。
「元町映画館には現場スタッフだけでなく、映画館の運営を一緒に考える経営陣という位置付けの一般社団法人元町映画館の社員(設立当初は出資者)がいるのですが、社員から新しい支配人になりませんかと声がけいただいたとき、最初はお断りしたんです。
私は、映画館に戻れたら一生映写室にいたいと思っていたぐらい映写の仕事がすごく好きなのですが、当時くしくも映画館がデジタル問題に直面していた時でした。私はフィルム時代の映写技師なので、デジタル時代が到来すると映写の仕事も林さんの好きな映写の仕事ではなくなるよと説得され、最終的には折れる形で受けた記憶があります。その年の年末にDCPを上映したので、就任直後にデジタルの作品が増えてきた格好です」
そこまで好きだという映写について、濱口監督から好きポイントへの質問が飛ぶと、林さんは、
「当館のスタッフである高橋や和田も長年映写をしていますが、一番古いのは学生時代からやっている私なんです。毎回映写するたびに、初めて映写をした時のことがよみがえるし、自分にとって慣れきった仕事にならない。電気を落として、スクリーンに画が映る瞬間の、失敗してはいけないという緊張を含む感動みたいなものが、ずっと続くし、毎回ドキドキしていたんです。あと、映写の仕事はクリエイティブではなく、同じことの繰り返しなんです。機械を操作したり、掃除してメンテナンスをするのを面倒くさいと思わない。私の性に合っていると思うんです」
■『ハッピーアワー』の年末上映は、お客さまの目が温かい(濱口)
書籍の対談でも話題に上った元町映画館と濱口監督との出会い。観客として映画を観に来ていた濱口監督に声をかけたのが林さんだった。
「何度かご来館いただいていますが、最初スタッフの間で話題になりながらも声をかけられなかった。ある時、意を決して『濱口さんですか?』とお聞きすると、『はい、そうです』と。東京のような大都市ではないので、映画監督が映画を観に来てくれるのは嬉しかった。濱口さん、次も観に来てくれるかなと思いながら、編成をしていました」(林)
「あの頃、お互いにオズオズしていましたね。ここへ来ると、ジョン・カサヴェテスやエドワード・ヤンがかかっていて、自分が観たいなと思っている映画をやっていたので、元町映画館は好きでした」(濱口)
時を経て2015年12月、いよいよ元町映画館で『ハッピーアワー』が先行上映される。1スクリーンの映画館にしては異例の1ヶ月連続上映。見事その年の同館年間売上1位に輝いた。神戸で東京より1週間早い先行上映をしたので、元町映画館は『ハッピーアワー』のはじまりの場所になっている。この時は、濱口監督の方から上映してもらえないかと声をかけたというが「ちょっと長いんですよね」が本当に長かった(5時間17分)と笑いながら振り返った。
林さんが毎年年末に『ハッピーアワー』を上映するのが恒例になり、元町映画館にとっても神戸の人にとっても『ハッピーアワー』は特別な作品になっていることを明かすと、濱口監督は
「毎年、年末に上映するのですが、お客さまの目が温かい。なんか、ホーム感がありますね。今回神戸に来て、三宮駅前が様変わりしているのに驚きました。『ハッピーアワー』に出て来た歩道橋もなくなり、あのような風景も貴重なものになっていく感じがしますので、ぜひ年末お越しいただければ」。毎年続けて上映することで、リピーターが多いだけでなく、初めて観るお客さまも同じぐらい多く、続けることの大事さを改めて噛み締めていた。
■『ハッピーアワー』の制作会社と再タッグを組んだインディペンデント作品『偶然と想像』
ミニシアター・エイド基金の発起人として尽力し、急遽国内での撮影を余儀なくされた『ドライブ・マイ・カー』を昨年末まで広島で撮影していた濱口監督。その多忙な中生まれた短編集が、ベルリン国際映画祭で審査員グランプリを受賞し、この冬公開予定の『偶然と想像』だ。その成り立ちについて濱口監督は、
「『ハッピーアワー』を一緒に製作した、もはや映像製作会社と言ってもいいかもしれないNEOPAというIT企業で大学時代の映画研究会の先輩、高田聡さんが取締役なので、寛大な映画作りをさせていただきました。予算的にはメジャーの映画製作会社よりもずっとタイトですが、インディペンデントの作品づくりをさせていただいています。『偶然と想像』は3話構成なので、僕自身の時間が多少空いた時に撮れるような小規模な編成で臨み、純粋に楽しかったです。『寝ても覚めても』は商業映画ですし、『ドライブ・マイ・カー』は商業映画かつ今まで撮った中で一番規模が大きかったので、『偶然と想像』は現場全体が見える感覚でした。『ドライブ・マイ・カー』とは全然違う、こじんまりとした映画になっていると思います」
さらに『偶然と想像』と『PASSION』との繋がりについて、
「インディペンデントな映画製作のいいところは、自分が一緒にやりたい人を選べるキャスティングの自由度の高さです。『PASSION』に出演したみなさんとまた一緒にやりたいと思っていても、キャスティングはプロデューサーの力が一般的に強いですから、自分が呼びたいと思っても実現するとは限らない。今回は『PASSION』からタケシ役の渋川清彦さん、カホ役の河井青葉さん、タカコ役の占部房子さんが出演しています。メインキャラクターは3話合わせて8人ですが、そのうち3人は身内というのも面白い。随分時間が経ったと思うかもしれませんが(笑)」
一足先に作品を観た林さんは「濱口さんがこんなコメディーを撮るのかと終始笑っていた」という一方、江口は「タイミングの悪さ、すれ違いが切ないなと思いながら観ていた」と真逆の感想であることに触れ、
「みんな真剣に生きてはいるのだけれど、『偶然と想像』はなぜそうなった!?ということが多々あると思いますので、ぜひ楽しんで、いろいろな角度から観ていただけるとうれしいですね」と濱口監督がメッセージを送った。
最後の質問の前には、『ハッピーアワー』でワークショップを指導する鵜飼を演じた柴田修兵さん一家が鳥取に移住し、この7月に廃校舎を活用して開館した「jig theater」の話題も。
「オープンイベントにオンライン参加したのですが、素晴らしい上映空間で一作目にはホン・サンスの『逃げた女』。その次は、元町映画館でも上映するケリー・ライカート特集を開催中です。僕も東京でようやく4本観れましたが、一生に一度こんな映画を作れたらいいなと思うぐらい世界の見え方が変わったり、こんな映画があるんだと発見できる作家です。
鳥取はミニシアターがない県だったので、そこでこの映画を上映したらどんな反応があるのだろうか。中にはこの映画館があってよかったと思う方がいると思うのでこれからすごく楽しみにしています」
■二人が描く未来図
「次は裸一貫の気持ちで臨みたい」(濱口)
「映画館をみんなのものとしてみんなで作り、守っていくにはどうすればいいか」(林)
2008年から最新作までの歩みを振り返ってきた1時間。最後に日本映画、作家濱口竜介の未来図について聞いてみると、
「日本映画のことはわからないけれど、一つ言えるのは今までどおりのことをやっていてはいけないということ。自分も商業映画を2本撮らせていただいた中で思うところです。コロナ禍で製作がいつ止まるかわからない状態なので、個人としては、予算をそこまで下げず、もう少し小さい規模で仕切り直していくことが一番にいいのではないかと思っています。『偶然と想像』は小規模編成ですが、災害時には小さな規模で小回りが効くような形でやるのは理にかなっている気がします。
『ドライブ・マイ・カー』は観た方から集大成だねと言われたり、『PASSION』以降の十数年間の作品を観てこられた方は「こういうことやってるんだね」という気持ちでご覧いただける作品です。『PASSION』の時は集大成かもしれないけれど、これが新たな出発点になればいいと思っていました。だから、ここからまさに裸一貫の気持ちで次は臨みたいと思っています」
そしてミニシアターの未来図について、林さんは
「コロナはいろいろなことを問い直すいい機会になったと思っています。これまでミニシアターは目利きの支配人がいて、そのセレクトにお客様が集まってくる場所が多かったのですが、元町映画館は成り立ちからしてそういう劇場ではなく、みんなで作った劇場です。最初からボランティアスタッフの方にお手伝いしていただいたり、書籍の表紙イラストを書いてくれた朝野ペコさんもイラストレーターの活動をする以前から携わってくれていたり、みんなで面白い場所にしていく。そういう場所でありたいと思っています。
10年を期に社員を引退した発起人の堀は、映画ファン立の映画館でありたいという言葉を残したので、その言葉をこれからの10年、大きな課題を背負わされている気持ちでいます。ここが公共の場であるためにはどうすればいいか、コロナの後すごく考えています。
映画館をみんなのものとしてみんなで作り、守っていくにはどうすればいいか。それが今未来に向けて考えているところです」と結んだ。
最後に濱口監督は、改めて「元町映画館ものがたり」について触れ、
「本当にいい本だと思っています。これを読むと映画館が近くなるだけでなく、いろんな生き方があるんだなと思える本です。映画館で働く人の人生が詰まっていて、それは一人ひとり深いものだと思うので、ぜひ!明日のゲスト、松村さんや京都みなみ会館は2013年に濱口竜介プロスペクティブをしていただいたし、シネ・ヌーヴォも年末『ハッピーアワー』を上映していただいた。
過去に起こったことが今につながり、今のことが未来につながっていると思うので、今が大事です」
と力強い言葉で1時間にわたる熱いトークショーを締めくくった。
『PASSION』『THE DEPTHS』の挑戦、映画館を作るという挑戦 8/25映画館と映画作家の10年|濱口竜介/林未来【前編】はコチラ
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