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石川県人 心の旅 by 石田寛人

笙と箏と舞踊

2019.06.19 12:35

 今月1日の尾山神社「封国祭」はじめ百万石祭り関係の行事は、最高の日和に恵まれ、多くの石川県人会関係の方々に参加して頂いた。お運び頂いた皆様に心からお礼申し上げる。さて、同じ1日、白山市において、「KaTaCHI」という3人編成によるユニットの公演があり、大好評を博したと報じられた。私は会場には行けなかったが、これに先立つ5月26日、東京の紀尾井ホール小ホールで催されたこのユニットの初公演を堪能した。

 「KaTaCHI」は、笙の豊剛秋さん、二十五弦箏の中井智也さん、舞踊の藤間信之輔さんの3人が織り成す舞台である。長唄の名曲「越後獅子」、宮城道雄作曲の「水の変態」、ベートーヴェンの「悲愴」、シャンソンの「枯葉」、そしてモンティの「チェルダッシュ」など、音楽と舞踊が舞台上に展開する曲目の幅はとても広い。

 藤間信之輔さんは、石川県の誇る若手舞踊家。私が金沢学院大学に勤務した頃から、教職員として活躍し、野球部の指導も行ってきている梅田英範さんの兄君である。私は御両親との御縁もあり、かつて何度か金沢で信之輔さんの舞台を拝見した。信之輔さんは、いろいろな分野の専門家と積極的にコラボする舞台に挑戦されてきており、石川県観光特使として、舞踊を通じて古典芸能の維持発展と県勢の伸長に尽力されている。今般発足した「KaTaCHI」によって、さらに活動の輪が大きく広がることを期待したい。

 中井智也さんは、二十五弦箏という大きな箏の演奏家で、作曲者でもある。地唄三弦も演奏される。NHKのEテレやBSの番組にも出演され、外国のステージにも立たれて、文化交流の大役を果たしておられる。中井さんの演奏される二十五弦の箏は大きく、我々の知る十三弦のお琴とはかなり異なる。演奏は立って行われるが、その姿は迫力に満ちており、大きな箏の出す低い音は、聴く者の魂を心地よく揺さぶる。作曲家としても、伝統芸能とモダンな音楽をミックスした独自の境地を拓かれつつある。

 豊剛秋さんは、「ぶんの・たけあき」とお読みし、千年来、代々雅楽の笙を家業としてこられたお家の方で、宮内庁の楽師。ご先祖の姓は豊原。豊さんは、笙のみならず歌、舞、ピアノ、ヴァイオリンも演奏されるオールラウンダー。笙は、吹き込む息が中で結露しやすく、結露を除去するためにヒーターを横に置いて、時に平安朝の貴族のような装束で、時にキリリとしたスーツ姿で行われる演奏はとても興味深かった。豊さんは、笙の有する大きな可能性を追求され、多くの他分野のアーティストと共演して新境地を開拓されつつある。

 この3人の舞台に見入るうちに、私は、小松の葭島神社の屏風を思い出していた。そこには、八幡太郎義家の弟新羅三郎義光が、後三年の役に出陣途中、足柄山で豊原時秋に秘曲を伝授している画が描かれていた。自分が戦没して時秋の父豊原時元から伝授された秘曲の途絶えるのを憂いた義光は、それを時秋に伝えて、彼を戦場に同道せず、都に返したと伝承される。その豊原家は、後に「豊」家となったが、そのお家の方々は、そんなすばらしい先人の芸術伝承の熱意を、現代における音楽表現のエネルギーとして生かしておられる。新しい舞踊と笙と箏の組み合わせによって、この3人の若いエネルギーが融合して、伝統がさらにふくらみ、新たな芸術が大きな「かたち」となって広がることを切に期待したい。(2019年6月19日記)