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石川県人 心の旅 by 石田寛人

祇園祭と前田育徳会の壁掛

2020.07.19 12:59

 新型コロナウイルスの感染者がまた増えてきている。県内、県外の多くの夏祭りも、人が集まるイベントはなくなった。そんな中で、前田育徳会の役員として、今年はぜひ行きたかった京都の祇園祭の山鉾巡行も中止された。祇園祭は、我が国三大祭りの一つとされ、私は、若い時に山鉾を何度か見に行ったが、今、前田育徳会の立場で、この祭りを強く意識しているのは、次のような理由によっている。

 前田育徳会が所蔵する重要文化財に「アエネアス物語図綴壁掛」という大きなタペストリーがある。16世紀か17世紀にベルギーで作られ、ニカシウス・アエルツという人の作と伝えられる。前田育徳会の多くの収蔵品の中でも、縦が3メートル余り、横が約2メートル半のこのタペストリーはとても見応えがある。5枚セットの中の1枚で、残りのタペストリーの多くは祇園祭で使われている。これについては、かつて、NHKの番組で取り上げられたが、ここでその概略を申し上げたい。便宜上、番号を付ける。

 ①は前田育徳会所蔵のものである。②は東京の芝増上寺のもの。明治年間の火災で焼失したが、絵の内容は知られている。③④⑤は、京都の祇園祭と滋賀県の大津と長浜の祭りでそれぞれ用いられている。③は京都祇園祭の鯉山のもの。一枚が9点に分割されて、鯉山の前掛けや見送り等の各部分を飾っている。④は京都祇園祭の鶏鉾の見送りと霰天神山の前掛け、そして長浜曳山祭りの「鳳凰山」の見送りに使われている。⑤は京都祇園祭の白楽天山の前掛けと大津の祭りの「月宮殿山」と「龍門滝山」の見送りに使われている。

 この5枚のタペストリーは、ギリシャの神話や歴史、あるいはそれに題材を求めたホメロスの叙事詩「イーリアス」とその後日譚としてローマ建国の伝説につながるヴェルギリウスの叙事詩「アエネアス物語」によって、「トロイア戦争」の各場面を描いており、物語として連続している。それぞれの絵は、①が、トロイア戦争の原因となったトロイ王子パリスと美女ヘレーネとの出会いの場面、③が、トロイア王と王妃が祈りを捧げる場面、④が、パリスの兄ヘクトールが戦闘に赴く場面、②が、敗れたヘクトールの遺骸をトロイア王が貰いに行く場面、そして、⑤がトロイア陥落と王の一族アエネアス達の脱出の場面で、①③④②⑤という流れになるとされている。

 ただし、①には別の見方がある。陥落するトロイアを逃れ出たアエネアス達が、カルタゴに行き着き、その女王ディドーと出会った場面とも見られている。すなわち、前田育徳会の一枚は、5枚の1番目にくるのか5番目なのか両説が存在する。現在、前田育徳会で用いているこの絵のタイトルは後者の説によっている。ベルギーで製作されたものが、いかなる経緯で現在に至ったかについては、諸説あるが、まずは謎とされる。また、ギリシャ方の「トロイの木馬戦術」で負けてしまったトロイア方の人々を描いたこのタペストリーを江戸時代の関係者はどんな思いで受け入れたのかにも興味がある。この5枚の中で、京都や滋賀県のものは切り分けられ、山鉾や曳山に掛けて多くの人の目に触れるようにされており、これはこれで大きな意義があるが、他面、秘蔵されてきてよく原型を保ち保存状態がよいのが①である。そんなことで前田育徳会は、このタペストリーを極めて大切なものとして扱っており、次の公開の機会には御覧頂きたい。(2020年7月19日記)