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石川県人 心の旅 by 石田寛人

チャップリンの偽牧師

2020.08.19 13:10

 コロナの猛威は続き、石川県でもクラスターが発生した。それに対応して巣籠もり生活が続くと、自宅で古い映画を見ることが多くなる。私は、チャップリン映画が好きで、DVDを楽しんでいるが、同好の士もあろうかと思う。チャップリンの名作は「キッド」や「モダンタイムス」「ゴールドラッシュ」「街の灯」等枚挙に暇がないが、私は、初期の中短編「偽牧師(原題はPilgrim)」「給料日」「のらくら」などが好きである。

 「偽牧師」は次のような筋である。長期服役の凶悪犯チャップリンが脱獄、牧師の服を盗み、それを着てトンズラ、テキサス行きの汽車に乗る。急いで降りた駅では、保安官や教会の役員達が新牧師の到着を待っていた。一同はとまどうチャップリンを新任牧師と間違えて教会に連れて行く。やむなく牧師を演ずることになった彼は、礼拝の説教を、誰も知る旧約聖書のダビデがゴリアテを倒す話をゼスチャーでこなして事なきを得る。彼は心優しい人達の家に泊まることになるが、それを昔の監獄仲間のスリに見られてしまう。善意溢れる一家のおばあさんや美人令嬢のもてなしを受けて、家庭の味にひたっているところに、かのスリが知人を装って割り込んでくる。スリはすぐその場にいた教会役員から財布を掏るが、手口を知り尽くすチャップリンは、素知らぬ体で元に戻す。夜、スリは一家のあり金を盗もうとする。彼は懸命に防ぐが、殴られて気絶してしまう。やがて目覚めた彼は、盗難を知って愕然とする一家の人々を慰め、スリが行くに違いない賭場に出かけて、体を張って盗まれた金を奪い返す。かくして一家の財産を守ったチャップリンではあるが、脱獄囚たる身許が割れ、再び逮捕される。しかし、保安官は、財産取り戻しの功をめでて、米墨国境越えでメキシコへ放り出し自由を与える。ところが、その原野ではピストル撃ち合いの最中。米墨いずれにも安住の地を求めえないチャップリンは、右足でメキシコ、左足でアメリカの土を踏んで、ひたすら歩き続けるのであった。で、ジ・エンド。この場面、無声映画の活動弁士徳川夢声は「彼はアメシコへ行った」と表現したと伝えられる。なお、チャップリンはこの映画の前にも同じような題材を扱った映画を作っている。

 この短編は教会の偽善を批判したものと見る向きもあるが、そうとは言い切れない。凶悪な脱獄囚が牧師を演じて、善意に溢れる人々の心に触れ、特に令嬢の優しさと美貌にすっかりまいって、家事を手伝って失敗しつつ、次第に悪心が洗われていく過程は、「よき生き方」の大切さを示していると思う。彼を再収監しなかった保安官はカッコいい。令嬢役のエドナ・パーヴァイアンスは、チャップリンの相手役として、「キッド」など多くの映画に出演し、銀幕を彩っている。本編での役名はブラウン嬢だが、「のらくら」等で見られる彼女達出演女優の名前をそのまま役の名にする手法は、吉本新喜劇で多用されている。巨体の教会役員を演ずるマック・スウェインも、この時期のチャップリン映画に欠かせない好脇役である。導入部の駅の場面や、別の客が連れてきたワンパク坊やに手こずる場面、スリとの攻防の場面では、逃げたり追っかけたり、やられたりやったりの「ドタバタ喜劇:スラプスティック」(Slap・stick:叩き棒)の面白さを堪能できるが、決してデタトコ勝負のドタバタではなく、演出は計算し尽くされている。今、我々の見る映像は無声映画の時代に作られたままのものではないが、音声によらず動きと表情でメッセージを的確に伝えるチャップリンの情熱と技術にただただ感嘆するのである。(2020年8月19日記)