双子座流星群
新型コロナウイルスの陽性者、感染者は未だ増え続けている。コロナが猖獗を極める歳末にあたり、父の遺作の漢詩をもじって次のように漢字を並べてみた。「歳暮 闘疫難而峻 傾心日日新 寒風何烈烈 歳暮仰星辰」。これは「闘疫 難く峻しく 傾心 日日新たなり 寒風 何ぞ烈烈たる 歳暮 星辰を仰ぐ」とでも読み下して頂ければと思うが、父の詠んだ詩をもじるだけでも、漢和字典や手引書をひっくり返して苦心惨憺した。我ながらこの方面にも才能が乏しいのには驚くばかりである。いつもながら、これは「漢詩」というより「漢詩もどき」である。この「もどき」は、コロナ禍が懸命の対応にもかかわらずなかなか終息しないことを起句、承句、転句で述べて、結句で、その鎮静を祈り、未来への希望を込めて天空を仰ぐことを表現したものである。コロナ収束を星に祈るという意味を強調するには、「星辰」の部分は、「北辰」と書いて、星空の中心北極星を意味するようにしたいと思ったが、平仄の関係で、この字句を用いざるを得なかったのであった。
この「もどき」を、公務員時代の後輩で、法曹界で活躍している俊秀の女性弁護士に対して、用務のメールの末尾に付けて送ったら、最後の「星辰を仰ぐ」のところは、双子座流星群を見るために空を仰ぐのかと思ったという趣旨の返信が来た。指摘されてハッとした。この時期、星を仰ぐとするならば、まずは双子座流星群に対してであろう。流れ星に祈るのには長い伝統がある。星といえば、小惑星探査機「はやぶさ2」の地球帰還によってコロナ禍にあえぐ私どもは大きく勇気づけられた。
そんなことで、私も流星群を見たくなり、13日の午後9時に家を出て多摩川べり近くに行った。昼間の雲は次第に晴れてきたが、あたりは思ったほど暗くない。星は、寝転んで見るのが一番快適だろうが、寒くてとてもそうはできないので、両足を踏ん張ってオリオン座から双子座のあたりを振り仰ぎ、懸命に目をこらした。しかし、近視に老眼が加わった私には、流星はなかなか確認できず、かなり時間をかけて辛うじて一個認識できたかできなかったかという程度であった。
双子座流星群というものの、双子座と流星群は、私達から見て同じ方向にあるというだけである。双子座自体もそうで、α星のカストルは52光年、β星のポルックスは33光年ほどの遠くにあり、両星は、この地球から双子を代表する星のように見えるというだけである。対するに流星群の光は、地表から150kmから100kmのあたりの極く極く近いところで発している。星座は、地球から見える星の相互関係をギリシャ神話などの人物、動物その他に見立てたものだが、今や、空の区画にもなっている。星座名は人間の勝手な命名であるが、我々の世界はこのようなことが多い。縄文人も弥生人も、生きていた時には、自分達がこのような名前で呼ばれるとは夢にも思わなかっただろう。
流星群が極大となる12月14日は、新暦と旧暦の相違を別にすれば、47人の赤穂義士が江戸本所松坂町の吉良邸に討ち入って本懐を遂げた日である。実際に、本懐を遂げた時刻は15日早暁とされる。私は、この日の夕刻泉岳寺に出かけて、義士のお墓に参拝することが多いが、今年は叶わなかった。コロナ鎮めを流れ星や先人の霊に祈るのは大切だが、我々はその祈りが実現するように具体的な行動を重ねなければならない。コロナ沈静化のために現実的な努力を続けたい。(2020年12月16日記)