浪花節をレコードで聴く②
五月一朗『乃木将軍・伊勢参り/盲目の軍曹』(ローオンレコード)
●時は明治40年10月、乃木将軍は奈良で行われた陸軍特別大演習に参加のあと、秋の吉野で紅葉を楽しみ、伊勢参りをしようと名古屋へ向かう。着ていた軍服が汚れていたので、東京の静子夫人に大礼服を持ってくるように電報を打つ。名古屋に着いた夫人は駅前の一流旅館「科忠」を訪ねるも、身なりが地味であったので、粗末な部屋へ通される。そこへやって来たのが70余名を連れた乃木将軍。先に訪ねてきた婦人が将軍の奥さんであることを知った宿の者は大慌て。何事もなかったように過ごす乃木将軍は、次の日、名古屋駅に現れた傷痍軍人に声を掛けて、伊勢へと向かっていく……。
●木馬亭の番組に「五月一朗」の名が入っているとうれしかった。よく聴いた高座が『白餅大名』と、この『乃木将軍・伊勢参り』であった。他の記憶がない位だ(笑)。演題の前に着き、挨拶を済ませると、後に夫人となる加藤歌江の三味線で節から入る。野太く、こちらの腹にまで響いてくる浪曲亭美声で、伸びのある節が転じて、急に高い声になる唸りが、いかにも浪花節を聴いているなあと思わされた。木馬でも、浅草公会堂のような大きな会場でも、その空間で自在に響く声を聴かせてくれたのは五月一朗位であった、なんて言ったら他の演者に失礼であろうか。「陸軍大将とか陸軍二等卒と言ったら、去年の盆と煙草盆ほど位が違う」という啖呵や、「寒椿、形(なり)で区別をつけるから、こんな結果になったのよ」という節が好きで、今も耳から離れない。実は演題とは違って、伊勢へはこれから向かうのだけれど(笑)。『盲目の軍曹』は善光寺詣りへ向かう途中、汽車の中で出会った老人から、松樹山の白襷隊で乃木を助けたのは、自分の息子であったという話を聞き、その家を訪ね、盲目になった青年と再会する物語。浪曲の中の乃木将軍は、色々なところへ出掛け、色々な人に出会い、色々とやさしい行動を取る。そんな人である。たっぷり五月一朗の節を楽しめる外題はともに広沢瓢右衛門作で、三味線は加藤歌江。(2021.09.02.)