無い指輪
2021.09.04 06:05
治は
その日
私の前に立っていた
左の手のひらに
小さな
小さな
青い箱を乗せていた
私にそれを見せると
そっと
開けた
透明な石がついた
金色をした
指輪
指輪を取り出して
私の左手を
触れられない左手で
触れようとした
私は
左手を
治の手に沿えるような
ふりをした
治は
私の左手の薬指に
指輪をはめた
触れられない指輪
煙の様な
指輪
確実に在るのに
無いような指輪
真似事みたいな
指輪
なのに
嬉しくて嬉しくて
涙が溢れた
ぽろぽろと流れた
伝う涙
無いものに
触れられないものに
生まれて初めて
感じた
嬉しさだった
私の姿を見て
治は
泣いた
魂のくせに
泣いた
触れたいって
触れたいって
触れられないまま
抱きしめる
触れられない
その事実にぶつかる前に
私達は
止めていた
抱き合ったなら
こんな感じなんだろうな
そんな感覚の中で
私は
治に抱きしめられる
煙に抱かれる
私達二人が
それぞれ思い描く
きっと
こんな感じなんだろうな
その中で
泣いた
次元が違う中での涙は
行き場がなかった
治は
私の前から消えた
形は
何も残さずに
感覚は
何も植え付けず
涙痕さえ
落とさずに
煙みたいな記憶だけ
私の中に残していった