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のらくらり。

プレゼント、フォーユー

2021.09.04 14:55

62話ベースの兄様中心、三兄弟のお話。

プレゼントを贈るのも受け取るのも苦手になってしまった兄様を救うのはウィリアムとルイスしかいない。


「お待たせしました、モリアーティ様。こちらの品、包装が終わりました」

「あぁ、ありがとう」

「またのお越しをお待ちしております」


赤いリボンで飾られている箱を二つ受け取り、ラッピングの出来栄えを確認する。

皺ひとつない包装紙に映える赤はとても綺麗で、人に贈るプレゼントとして上出来だろう。

アルバートは機嫌良く笑みを返し、朗らかな気持ちで店を出てそのまま待たせていた馬車に乗り込んだ。

向かう先は仮の住まいとしているロックウェル伯爵の屋敷である。


「お帰りなさい、アルバート兄さん」

「お帰りなさい、アルバート兄様」

「ただいま、ウィリアム、ルイス。変わりはなかったかい?」

「特にありませんでした。平穏な一日でしたよ」

「兄様、学校の用事は終わりましたか?」

「あぁ、滞りなく終わったよ」


良かった、とルイスはほっとしたように表情を緩めていた。

突然の不幸があったためにイートン校を休学しているアルバートは、学校側の厚意で勉学に遅れが出ないよう開催される特別研修を受講している。

優秀なアルバートにとってイートン校での学びなど自己学習で十分ではあるものの、それを口に出せるはずもないため断る理由がない。

ゆえに手間を嘆きながら月に数回だけ学舎へと通っているのだが、せっかく出来た初めての弟達との時間がなくなっていくのはやはり惜しい。

ようやく兄と呼んで懐いてくれたルイスが自分の姿を見て嬉しそうに口元に笑みを浮かべている。

それがアルバートにとっては新鮮で、自覚していなかった長男としての庇護欲を擽られるようだった。


「お疲れ様でした、アルバート兄さん。今日はどんなことを教わったんですか?」

「相変わらず勤勉だね、ウィリアムは。教えてあげるから僕の部屋に行こうか。ルイスもおいで」

「はい」


まるでこの世の知識全てを吸収するかの如く、あらゆることに興味を持つウィリアムに頼られるのも悪い気はしない。

今までは経験したことがなかったけれど、兄弟とはこういう姿こそが正しいのだろう。

兄は弟を大切に慈しみ、弟は兄を頼り学んでいく。

孤児院で観察したこの二人がアルバートが理想としていた兄弟として完璧な姿だったからこそ、手元に置いておきたいと願ってしまった。

その兄が嫌悪していたこの世界を変えられる存在だと感じたのはもう少し後になってからだ。

理想たる二人を自分の勝手に巻き込んでしまうこと、アルバートはこの先一生悔やむだろうと察している。

けれど、あのまま生きていくのはどうにもつらかった。

完璧な存在のそばにいることで自我を保つことを選んでしまったアルバートを責める人間はどこにもいない。


「兄様、この文章はどこかおかしくないですか?」

「この単語はこれと組み合わさると意味が変わるんだよ。それを踏まえて読んでごらん」

「なるほど…ではこれとこれも一つの文法になるんですね」

「その通りだよ。さすがだね、ウィリアム」


アルバートの部屋に備え付けられた一人掛け用のソファと、小柄な弟達のために用意した小さな椅子が二つ。

三人並んで一冊の問題集に目を通し、アルバートは先程学んできたことを弟達に教えていく。

まだ幼い二人には難しい問題であるはずなのに、そうとは思わせないほど二人の理解は早い。

教えることで理解も深まるし、二人から尊敬の眼差しで見られるのは気恥ずかしいけれど嬉しかった。


「さぁ、そろそろ休憩にしようか。先生に紅茶を入れてもらおう」

「そうですね。行こう、ルイス」

「はい。…あ、兄様」

「何だい?」

「この荷物、ここに置いたままで良いのですか?」

「…そうだね。片付けるから、二人は先にリビングで待っていてくれるかい」

「分かりました」

「早く来てくださいね」

「あぁ」


ルイスが指差した紙袋にはアルバートが購入した二人分のプレゼントが入っている。

丁寧なラッピングを頼み、その瞳を意識した赤いリボンで飾っているものだ。

アルバートは聞き分けよく部屋を出て行った二人の弟を思い浮かべ、紙袋の中身を手に取った。

そうしてその二つともクローゼットの中に追いやって、そのまま扉を閉めてしまう。

カタン、と音がしたから中のものが崩れ落ちてしまったことが分かる。

早く直さなければと思うのだが、扉の中に存在するいくつものプレゼント達を見たくはない。

今日のこれで四回目、二人分だから合計八つのプレゼントがこの中には散乱しているのだろう。

アルバートは取手に手をやったまま自嘲したように乾いた笑みを浮かべ、吐き捨てるように声を出す。


「何をしているんだろうね…あの二人がどれほど良い子だとしても、僕がそうなれる訳でもないのに」


ウィリアムとルイスはアルバートの理想そのものだった。

互いを慈しんでは思い合う姿こそ在るべき兄弟としての姿で、弟がいたはずのアルバートには手に入れられずにいた理想だ。

この国を根本から変えるという共通項を理由に彼らを引き取ったけれど、実際はこの英国においてあそこまで美しいまま存在している二人が欲しかったからに過ぎない。

美しい兄弟のそばにいれば自分も美しく在れるのではないかという、無力で何も持たないアルバートが抱くただの幻想だ。

ウィリアムとルイスを近くに置いて、その存在を感じられれば十分だった。

それなのに二人の兄となって兄弟ごっこに勤しむ自分が滑稽で仕方がない。

どれだけ望んだとしても、自分はあの二人のようにはなれないのに。

二人に似合うだろうと用意したいくつもの贈り物は、まるでかつて自分に取り入ろうとした同級を思い出させて自分自身に吐き気がする。

アルバートはどうしようもなく無力で、誰のことも変えられない。

これを贈ったところでウィリアムもルイスも喜ばないし、きっと幸せにはなってはくれないだろう。

どうして用意してしまったんだろうと、アルバートは己に問いかけながら二人が待つリビングへと向かっていった。




「それではアルバート兄様、行ってきますね!」

「夕方には帰ります」

「気を付けて行っておいで。何かあればすぐに帰ってくるんだよ」

「「はい」」


アルバートの見送りの元、ウィリアムとルイスは馬車に乗り込んで街へと向かって行った。

何か欲しいものがあるようで、ここしばらく二人は執務の手伝いをよく頑張っていた。

そんなことをせずともアルバートに頼めば良いだろうに、元々の性分なのか、ウィリアムとルイスは労働の対価として得た賃金を大切に持って出かけたのだ。

ロックウェル伯爵家は三兄弟を養う上で十分すぎるほどの保険金を受け取っている。

どんなに二人が労働したところでそれはモリアーティ家が受ける正当な報酬で、それを知っていて尚、執務を頑張っていた二人の姿がアルバートには物珍しかった。


「本当に仲が良いな、あの二人は」


ようやく欲しいものが買えると楽しそうに出て行った弟達を好ましく思いながら、アルバートは自室へと戻る。

昨夜、二人が何を求めているのかそれとなく探りを入れてみたけれど、ウィリアムにはぐらかされてしまった。

あまり介入するのも良くないだろうと諦め、久々の外出を嬉しそうにしていたルイスの髪を撫でるに留めておいたのだ。

手に入れた後ならば教えてくれるだろうかと、アルバートは数冊の本を取り出して一人静かに読んでいった。


「ただいま帰りました、アルバート兄さん」

「アルバート兄様、ただいま帰りました」

「おかえり、二人とも。目当てのものは見つかったかい?」

「はい。素敵なものが見つかりました」

「兄様、今お時間ありますか?」

「ん?特に用事はないよ」


帰ってきた二人の顔は晴れ晴れとしていて、良い買い物が出来たのだろうことがすぐに分かった。

アルバートはそれを嬉しく思いながら弟達を出迎え、ルイスの言葉に肯定を返せばますますその笑みが深くなった。


「実はアルバート兄様に渡したいものがあるんです!」

「兄さん、僕達の部屋に来てもらっても良いですか?」

「構わないが…」


疑問符を浮かべるアルバートの右腕をウィリアムが、左腕をルイスが手に取り、ぱたぱたと幼い足音を立てて二人の部屋へと駆けていく。

帰宅早々何事だとアルバートが目を丸くするのも束の間、すぐに目的の部屋に辿り着いてしまう。

高い体温と低い体温に触れた腕が心地良くて、懐かれていると実感して嬉しかった。


「一体どうしたんだい?家の中を駆けるなんて二人らしくもない」

「すみません、兄さん」

「どうしても早く兄様に渡したかったんです」


ウィリアムが愛用しているソファに腰を下ろすよう促され、アルバートは一人ソファに腰掛ける。

その前に二人は立ち、ウィリアムの目くばせの元ルイスが一つの紙袋を差し出した。

反射的に受け取ってしまったけれど、大きくないそれは見た目通りに軽かった。


「これは?」

「開けてみてください、兄様」

「気に入ってくれると良いのですが」


アルバートは言われるままに袋から小さな箱と一通の封筒を取り出していく。

封筒には「For Albert」と書かれており、裏面を見ればウィリアムとルイスの名前が書かれていた。

見慣れたその字はアルバートが教えたもので、少しの崩れもなく美しい書体をしている。

なるほど、これは二人が自分に書いてくれた手紙なのだろう。

そう判断したアルバートはもう一つ、小さな箱に目をやった。

淡いクリーム色の包装紙に鮮やかな緑色のリボンがかけられたそれは、見てすぐ分かるようにプレゼントの類に違いない。


「…君達から、僕にかい?」


震える手で丁寧に包装を開けてみれば、中には銀で作られたブックマーカーが入っていた。

丁寧に磨かれたそれは曇りなく輝いていて、アクセントに付いた透明感ある緑色のガラス細工がとても美しい。


「はい。間に合わせで紙の栞を使っていたようなので、これなら長く使ってもらえるんじゃないかと思い用意しました」

「ここのガラス細工、とても綺麗でしょう?アルバート兄様の瞳と同じ色です」

「これはルイスが選んだんですよ。兄さんと同じ色のこれが良いって」

「兄様とお揃いの色なので、これは兄様のための栞です」

「……」


そう無邪気にはしゃぐ声を聞きながら、アルバートは静かに手元のブックマーカーを見た。

取り出してみればひやりとした感触の直後に体温で温まっていくのが分かる。

上質な銀で作られた上、流行に左右されることのないクラシカルなデザインは高価であることの証だ。

これを手に入れるために今まで懸命に執務を手伝っていたのかと思うと、たくさんの思いで胸が押し潰されそうになってしまった。


「…高価なものだろう?それなのに、僕に贈ってくれるのかい?」

「はい。いつもたくさんのことを教えてくれるアルバート兄さんに何かお礼がしたいと、ずっとルイスと相談していたんです。ね、ルイス」

「兄さんが栞が良いんじゃないかと提案してくれたんですよ。兄様が持つに相応しい栞を見つけられて良かったです」

「……そう」


思わず手の中にあるブックマーカーと手紙を握りしめてしまい、封筒に皺が寄ってしまった。

慌てて力を緩めたけれど、言い知れない感情がアルバートの中に渦巻いて仕方がない。

伯爵家長男として、今までにいくつもプレゼントを贈られてきた。

そのどれもが高価で貴重な、伯爵家長男に相応しいものだったように思う。

ろくに手を付けてこなかったからもう覚えていないけれど、"アルバート"のために贈られたものは何一つなかったことだけは覚えていた。

だがこれは、ウィリアムとルイスが贈ってくれたこれは、間違いなくアルバートのためを思って贈られたものだ。

アルバートが長く使ってくれるようにと願いを込めて、質の良いものをウィリアムとルイスが選んでくれた。

生まれて初めて自分宛に届いた贈り物がどうしようもなく嬉しい。

大切にしたいと思う。

けれど同じくらいに、どうして自分なんかに贈ってくれたのかを疑問に思ってしまった。


「…どうして僕なんかに贈ってくれるんだい?」

「どうして、とは?」

「僕は何があろうと君達を捨てたりしない。僕の機嫌を取ろうとしなくても良いんだよ」

「…?」

「……」


聞こえてきた言葉にルイスは首を傾げ、ウィリアムの顔から笑みが消える。

アルバートにとって誰かに何かを贈るということは取り入ることと同義だ。

今までずっとそうだったし、アルバートが何かを贈ることで誰かが幸せになったこともない。

かつて院に寄贈した銀食器に付随する気持ちは、理想を叶える助けになれば良いというアルバートの自己満足だ。

そしてその銀食器は結局全ての人を不幸にした。

あの出来事は未だにアルバートの心を抉っているし、こうして素直に弟達からのプレゼントを受け取れないまでに爪痕を残している。

何を思ってウィリアムとルイスがアルバートにこれを用意してくれたのか分からない。

二人にどんな思惑があろうと、アルバートは二人から離れるつもりはないというのに。


「…僕達が兄様に物を贈るのはいけないことですか?」

「そうではない。そうではなくて…」

「大切な人の喜ぶ顔が見たいと思い行動するのは、ごく普通の行動だと思います」

「え?」

「僕とルイスは日頃お世話になっているアルバート兄さんの喜ぶ顔が見たいと思い、これを用意しました。機嫌を取ろうだなんて考えていません。…あまり深く考えず、嬉しいのであれば喜んでくれると僕達も安心するのですが」

「この栞、兄様の好みではなかったでしょうか…?」

「……」


アルバートの苦悩などいざ知らず、ウィリアムもルイスも至極当然のように教えてくれた。

大切な人の喜ぶ顔が見たいから贈り物を用意する。

それはとても綺麗な感情で、アルバートとは無縁のものだった。

ただ喜んでほしいからという理由で物を贈っても良いのだろうか。

そう考えた瞬間、アルバートは今まで自分がそんな感情を抱いたことすらないと気が付いた。

大切な人がおらず、誰かに喜んでほしいと思ったこともない。

アルバートが今まで誰かに優しくしてきたのはそうすることが正しいと思っていただけのことだ。

院に住まう子ども達に構っていたのだって、あの子達が自分と違って身寄りのない不幸な子どもだったから手を差し伸べるのが正しいと感じたからに過ぎない。

誰か特定の人に何かをすることの意味を、アルバートは今までずっと知らないままだった。


「…とても素敵な栞だね。とても僕好みで、嬉しいと思うよ」

「本当ですか?明日から使ってくださいますか?」

「明日からではなく、早速今日から使わせてもらうよ」


そう答えてあげればルイスは素直に喜んでくれた。

ウィリアムも安心したように微笑んでいて、アルバートは目の前にいる二人の弟にどうしようもないほど心が癒されていく。

何の裏もなく喜んで良かったのだ。

そんな当たり前のことすらアルバートは知らなくて、疑ってしまった自分を恥ずかしく思う。

恵まれないはずの孤児だった兄弟は、アルバートよりもよほど心が豊かなのだろう。

知らない感情を丁寧に教えてくれて、気付かなかった感情を優しく掘り起こしてくれるような弟達に、アルバートの心は段々とほぐれていった。

アルバートが何かを贈って誰も幸せにならなかったのも当然だ。

あの銀食器だってアルバートの自己満足で贈ったに過ぎないのだから、そこに何の感情もなければ誰かが幸せになるはずもない。

だからこそ、今受け取ったこのプレゼントを嬉しく思う。

この二人にとって自分が大切な人という立ち位置にいることが何より嬉しかった。


「…僕からも、二人に渡したいものがあるんだ。取ってくるから少しだけ待っていてほしい」


アルバートは口元だけに笑みを浮かべ、緊張した瞳のままウィリアムとルイスを見て部屋を出る。

部屋のクローゼットに存在する八つのプレゼントは、間違いなくアルバートがウィリアムとルイスのために用意したものである。

どうして用意してしまったのかと自嘲していたけれど、アルバートはただ二人の喜ぶ顔が見たくてそれらを手に取ったのだ。

受け取って喜んでほしい、笑ってほしいと、無意識にただそれだけを望んでいた。

そんな綺麗な感情が自分の中にもあったのかと驚くけれど、それはきっとこの二人の弟達のおかげで芽生えたのだろう。

無力で何も持たないアルバートはウィリアムとルイスと関わることで自分に自信が持てた。

この二人のそばで生きていくことがアルバートの価値観を肯定してくれる。

出会えて良かったと、アルバートはクローゼットから八つのプレゼントを取り出しては弟達に一つ一つ手渡していく。


「受け取ってくれるかな」


ウィリアムもルイスも、アルバートから贈られたことをきっと喜んでくれる。

アルバートが二人のために起こした行動を否定せずに受け入れてくれる。

二人こそがアルバートの手本になってくれたのだから間違いないはずだ。

アルバートはそんな確信を抱きながら、それでも消せない緊張を滲ませつつ心癒してくれる理想の弟達を見た。




(凄い、こんなにたくさん…兄さん、良いんですか?)

(あぁ。どうも渡すタイミングが掴めなくてね、喜んでくれると嬉しい)

(アルバート兄様、この万年筆とっても綺麗です!)

(そうだろう?インクも用意してあるから合わせて使うと良い)

(このキーホルダーも素敵ですね)

(ありがとうございます、兄様。大切にします)

(僕の方こそ、綺麗な栞をありがとう。大切に使わせてもらうよ)

(手紙は後で一人になったときに読んでくださいね)

(お返事はいらないので大丈夫ですよ。兄様はお忙しいですから)

(おや、それは返事が欲しいという前振りかな?必ず書くから期待していなさい、ルイス)

(ふふ。良かったね、ルイス)

(…はい)