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元町映画館ものがたり

「ここに、ともしびがある」8/27神戸の達人と語る、街と映画館の過去・現在・未来|金田明子/高濱浩子

2021.09.06 08:47


  書籍「元町映画館ものがたり」刊行記念RYUSUKE HAMAGUCHI 2008-2010 Works PASSION/THE DEPTHSと題して8月21日より1週間に渡って開催した上映&トークセッション。

  最終日の7日目は『PASSION』上映後、書籍のコラムでも掲載させていただいた元町映画館とは開館時からのおつきあいで、毎年周年クッキーを作っていただいているCafe Cru.店主の金田明子さん。そして元町商店街で生まれ育ち、自身でも両親の文具屋を引き継ぎ、伝説の雑貨店「アンニュイ」を営んでいた画家の高濱浩子さんをお迎えし、元町の過去から現在、そしてお二人がその元町でどのような人生を歩み、そこに元町映画館がどのような場所として存在していたのか、これからの期待などを語っていただいた。




■愛おしさを感じる「元町映画館ものがたり」

  元町で生まれ、育ち、愛され続けるお店を営んできた金田さん、様々な場所を旅しながらも、今再び神戸に戻り、地域でアートを軸にした活動を展開されている高濱さん。刊行記念トークの最終日にお二人と映画館でトークができることに感謝を伝えた司会の江口は、書籍「元町映画館ものがたり」の感想を「愛おしい本」と表現された金田さんに、その愛おしさはどこから来るのかと質問。金田さんは、

「この11年間、元町映画館を裏通りからずっと見守っている感じがしました。最初お店の真裏に映画館ができると聞いたときは、驚きました。あの100均のお店が映画館になるんだ!と」


 一方、

「この本は人の香りがある。人間であることを肯定したくなる。人に出会うことは自分に出会うことで、まるで自分の中を旅しているようでした」

コメントを寄せてくださった高濱さんは

「私も金ちゃん(金田さん)と同じく愛おしいと思ったのだけど、私の愛おしいって何だろうと思ったら、“人に出会った”ということだったんです。本の中に人がいて、帯に濱口監督が『映画は人なり。映画館も人なり』と書いておられましたが、本当にその通りで、人の営みや切実な想いが詰め込まれていて、胸がキュンとなりました。読むたびにスタッフのみなさんの顔が思い浮かぶと思います。素敵な本をありがとうございます」と“人の香り”に心惹かれたことを明かした。



■70年代「元町商店街道幅拡張のため、ウサギを飼っていた部屋が削られた」(高濱)

 昔話をしないといけない年齢になったなんて、とはにかみながら、高濱さんが提供してくださった写真を見ながらお話をうかがうことに。最初は元町商店街がまだアスファルトだった70年代、まだ神戸に三越があった時代だ。

「元町商店街がまだ道幅が狭いころで、拡張するので北側の部屋が一つ削られたんです。そこでウサギを飼っていたのでウサギ部屋を移動した記憶があります」


 明治時代からずっと元町で様々な商いをしていたという高濱家。高濱さんの小さいころは、まだ“元町ライフ”が残っていたという。

「新しい生地が入荷すると、生地屋さんが家に持ってきてくれ、母がデザイン画を描くと、それを元に私の洋服を仕立ててくれた。あのころはお嬢さんでしたね」


 また当時は毎年7月に走水神社(元町5丁目)のお祭りがあり、子どもたちがお神輿を担いで、元町商店街で盆踊りを踊っていたんです。最後にラムネをもらって帰るのが楽しみだったという。


 高濱家はその昔は役所に紙を卸す紙業だったそうで、その後貿易商と文具店を営んでいたという。戦後、間口の小さめな奥行のある文具店となったそうだ(高濱さんは店舗兼住宅として商店街に住んでいた)。当阪神淡路大震災では住めないぐらいの被害を受けたという話から、高濱さんが中学3年生のとき、縄文時代の海岸線を調べた結果、元町商店街のあたりは海だったという話にもなり、お客さまからも驚きの声が。



■金田さんもファンだった雑貨店「アンニュイ」と、西元町と呼ばれることへの違和感

 父親の死後、大学を卒業したばかりの高濱さんが姉と一緒に高濱文具店を辞め、自分たちの一番得意なことで起死回生を図ろうと雑貨店「アンニュイ」をオープンしたのが91年のことだった。

「文房具は7掛けで利幅が少ない。雑貨店なら自分の目利きで一点ものを見つけてきて、自由に値付けができる。そちらのほうが得意だと思ったんです。当時は元町6丁目も人がまばらになっていた時期。『元町4丁目から向こう(西)は新開地とどう違うの?』と言われるぐらい。昔は元町商店街にいると思っていたけれど、途中から『西元町出身ですか?』と聞かれるようになり、そんな言葉がメジャーになってきたんだなと思ったし、街の認識は時代によって変わっていくのだと思いましたね」


生粋の神戸人である金田さんは祖母からの話として

「昔は三越のある方(神戸側)が表と言われていたそうですね。その証拠に、元町ビルがありますよね」と、時代を遡っての元町の様子をコメント。


 大丸側から元町商店街を歩いて、元町映画館にたどり着く最後の信号となるお仏壇の浜屋前の南北の通りは、今では「東から散策する人がそこから先まで足を延ばさない」境界線のようになっているが、昔は船から降りた方々の入り口になる重要な通りであったと高濱さんが説明。

「昔は中突堤がいろいろなものが海外から入ってくる、まさに入口で、皆この通りを上り、元ブラ(元町界隈を散策)を楽しんでいたそうです。ここが始まりの地なんです。今はインターネットが一番情報を早く入手できますが、昔は最初に上陸したものがリアルに新しかったと思います」


 アンニュイのファンだったという金田さんが今でも記憶に残っているというアップライトピアノの上の展示も「仕入れるお金がなかったので、委託で販売。元町6丁目まで毎月1回は足を運んでもらえるように月替わりで展示をしていました。スタンプカードに日付を入れるので、そこで来店ペースを見て、コミュニケーションを取る努力をしていましたね」



 海外へ雑貨を買い付けに行くたびに撮った写真をポストカードにしたり、旅の日記を手作りの本にし、旅先の切符や押し花を本につけて500円で販売していたという。たまたまこの本を手にした若者から「こんなにゆるいノリで本にしていいのか。売り物か無料なのか」と驚きの感想をもらったことを明かした高濱さんに、金田さんは

「すごく素敵と思って、私も旅に行ったとき、真似して作ってました。すごく影響を受けてるかも…」と告白。書籍の取材時に「高濱さんがやっていたアンニュイという雑貨屋さんがすごく好きだった」と語っておられたが、その思い出が蘇ってきたような表情を見せておられた。



■00年代、Cafe Cru.が誕生「お普段使いしてもらえるようになったのが嬉しい」

 99年で店を畳んだアンニュイと入れ替わるように、01年元町通4丁目でCafe Cru.をオープンさせた金田さん。

「中央区でお店を開きたいと思っていたけれど、三宮より元町のほうが好きだったんです。路地裏が好きでこの場所を選びましたが、当時は路地裏すぎてあまり人通りがなかった。栄町通は市バスがまだ走っていて、便利ではあったけれど駐車場が多かったかもしれません」

と当時を振り返ると、高濱さんは栄町が銀行街だったころを回想。

Cafe Cru.ができた00年代前半は栄町にオシャレな雑貨店やカフェが次々誕生したころだった。

「雑誌を見て来るような観光のお客さまが開店当初は多かったですね。今は近所の方や、映画を観た帰りに寄ってくださる方が増えました。お普段使いしてもらえる方がこちらも気持ちが楽ですし、メニューは変わっていないけれど、お客さまの方が甘いものだけでなくバル使いをしてくれるようになった気がしますね。嬉しいです」


■長く離れて戻ってこれた元町、ここに”ともしび”がある

一方高濱さんは神戸を離れたことについて、

「店も実家もなくなってしまったので、神戸で帰る場所がない。街にいること自体が辛くなり、心機一転で上京し、神戸に戻ったときも東灘区で元町には行けなかった。半ばトラウマのようになっていたのです。だから今回トークに登壇するお話をいただいた時も、私は元町映画館の常連になれなかったし、無理ではないかと最初は思った。でもこのトークで私は救われました。先日元町映画館で観たオムニバス映画(『きょう、映画館に行かない?』)も、胸がいっぱいになったんです。0歳からこの商店街で育ち、歩いた思い出がたくさんあり、その中で変わらないお店がある。そしてここに”ともしび“があると感じ取れて嬉しかったです。今日は生まれ育った元町6丁目の方から歩いてきました。途中で知り合いに声をかけられるかもしれないけど、堂々とした自分でいられると思えたんです。今日はありがとうございます」とこのトークを迎えるまでの心境を語られ、高濱さんのお知り合いやファンの方をはじめとするお客さまからも温かい拍手が送られた。



■金田さんの力作、歴代の周年クッキー。そしてなんと映画デビュー!

 毎年8月21日の映画館周年クッキーを手掛けてくださっている金田さんからは、歴代のクッキーたちを紹介いただいた。ちなみにクッキーの絵が1枚1枚手描き!

 2周年はチェコアニメの特集でブルーのラインが印象的な、いくつもの絵柄があるアーティスティックなクッキー。3周年のジプシー映画祭では小太鼓のあしらいが可愛いものに。4周年はちょっと大き目な映写機柄。5周年はみんなでシェアできる5枚入りクッキーに。6周年は「ROCK」とオヤジギャグがさく裂!?7周年はレインボー柄、8周年はかわいいハチに。9周年はみなと神戸らしいいかり柄、そして10周年は笑顔入りの10の文字。「お花をお渡しするような気持で」6枚花柄になっている。



 ここで林さんが10周年を記念して映像作家、小田香さんの実現により、映画館にゆかりのある監督たちがお祝いの気持ちで贈ってくれた作品たちを繋げて誕生したオムニバス映画『きょう、映画館に行かない?』より、鈴木宏侑監督の『光の輪』で、観客役としてスクリーンデビューを果たした10周年クッキーを紹介。

「嬉しくて、ポスターのメインビジュアルにクレイアニメのこの写真を使いました」

金田さんもお客さまからクッキーが映画に出ていたと聞き、驚いたという。鈴木監督は1年前にワークショップを担当し、その時にもらった10周年クッキーを食べずに東京へ持ち帰り、これでクレイアニメを作りたいと見せたのだという。


「私が作ったものが手を離れて映画に出るなんて、嬉しいですね」と金田さん。そして、翌日から特集上映する『カトリーヌ・スパークス』に合わせて販売する60年代ビーチに合わせてレトロなデザインのランジェリークッキーやイタリア語で愛してるを意味する「tiamo」クッキーとノンアルコールカクテルをご紹介いただいた(期間限定コラボメニュー)。



■「これからもいろいろなメニューを作ってほしい」と金田さんにラブコール
「子どもたちや、心がしんどい人などに扉を開き、ミニシアターならではの人と出会う場であってほしい」(高濱)

 元町映画館のこれからについて、

「ここにあり続けてほしいですね。(コラボメニューでは)劇中で出てくるお料理や、出演者をイメージしたものを考えるのを楽しませてもらっています」と金田さん。コラボメニューを打診している林さんは、

「金田さんは映画がお好きなので、お店にあるメニューではなく、映画を観て、作品に合わせたメニューのアイデアをいつも考えてくださるのが本当に楽しくて、こちらもいつも楽しみにしています。これからもいろいろなメニューを作ってもらいたいなというのが私の野望です」とラブコール。


高濱さんは

「映画は光と闇とひだがあり、だから味わい深いと思っているし、それを知ることができるのが映画館です。限られた時間の中、映画館で映画と向き合うと、自分の中の心のひだを知ることができる。元町商店街も昔はもっと味わい深く、光と影や匂いがあったと思うのです。元町映画館はそんな存在であってほしいし、映画をかけること自体、そういう存在になっているのだろうなと思っています。元街道の通路みたいな商店街の中に、元町映画館がずっとあり続けてほしいです。元町映画館とかかわることで、映画と何かできればという思いがまた芽生えました。

 こういう映画館であってほしいというもう一つの思いとして、子どもたちが集って観てもらえる場であったり、少し心がしんどい人に観てもらえたるような場であったり、集えるように扉を開いてもらえるような機会があればと。今は不登校の子どもも増えていますし、映画や人と出会うことで『こういう大人がいるんだ』とか『こんな世の中でもいいんだ』とか『こんなわたしでもいいんだ』『失敗してもいいんだ』と救われる人がいることが想像できるので、ミニシアターならではの人と出会う場であってほしいと願います」



最後に林さんが高濱さんの言葉を噛みしめながら、

「元町映画館はもっと地域に開かれた場所になっていきたいと思いますので、ご意見をお寄せいただきたいですし、どんどん意味のある場所にするために、みなさんにはどんどんと口や手を出したり、お金を出していただいたり(笑)してもらいながら、長く存続できる場所にしていければ、そしていろいろな人とつながって、みんなで面白いことをできる場所になればと思います」と今後の抱負を語り、1週間にわたる刊行記念トークを締めくくった。


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