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葛飾北斎

2017.03.08 11:59

こんにちは


千葉県下総中山駅から徒歩2分🚶‍♀️🚶‍♀️

個室型美容室GUL GUL 下総中山店の

齊藤 進です




両国までペダルを踏みました。


葛飾北斎にゆかりのある場所で、自分自身も

両国に有る、高校の通って居ましたのでルーツのエリアです。


前から気になっていた葛飾北斎美術館。



葛飾北斎は、おそらくスタンド使いです。




湘南の奥の方でシラス漁でしょうか?


墨田区から移動は何で行ったんだろう?


咲いているのは八重桜🌸かな?








北斎はこんなことを記したことがあります。

「70歳までに描いたものは本当に取るに足らぬものばかりである。(そのような私であるが、)73歳になってさまざまな生き物や草木の生まれと造りをいくらかは知ることができた。ゆえに、86歳になればますます腕は上達し、90歳ともなると奥義を極め、100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。(そして、)100歳を超えて描く一点は一つの命を得たかのように生きたものとなろう。」

北斎は数え年90歳になって、この世を去ります。彼の言葉を借りれば、奥義に極めた年齢。

しかし、彼の最後の言葉は次のようなものでした。


「天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得(う)べし 」

(もうあと5年長生きできたら、本当の画工になることができたものを)






 晩年、北斎は自らをこう呼びます。



 

 

「画狂老人卍」(がきょうろうじん まんじ)

 

 

現状につねに満足せず、引っ越し93回、改名すること30回。

生涯現役として描いた絵は3万点。

「世界第一の画工になる」と本気で宣言し、80歳を越えても、「猫一匹も描けない。意のままにならない」と、悔し泣きをした老人。

それが葛飾北斎でした。

北斎の辞世の句です。

「人魂で 行く気散(きさん)じや 夏野原」

(人魂になって、夏の原っぱにでも気晴らしに出かけようか)






「神奈川沖浪裏」、または世界中で「グレート・ウェーブ」と親しまれているこの作品、青、濃青ストライプに、白ドットで構成されていたんだ!!!!


やっぱりスタンド使いかと。





時代は違っても、同じ人間のはずだ。