超格差社会フランス、最貧困層の移民と話してわかったこと
マダムリリーが以前、フランスで失業手当をもらっていた頃の話だ。フランスのハローワーク(ポール・アンプロワ)との面談で、ビジネスフランス語を学べる講座があることを知り、さっそくオリエンテーションに行ってみることにした。パリ・イルドフランス地方の外国人失業者全てが集まる会で、郊外(バンリュー)南のかなり辺ぴなところで催された。
当日、会場に行ってみると、50人くらいの外国人がいた。アフリカ系、アラブ系、東ヨーロッパ系…。
オリエンテーションでは、まず主催者が出席者リストを回し、それにサインをするよう指示された。すると、あるアフリカ系の女性が困ったようにこう言うのだ。
字が読めないのでわかりません。
どうやら自分の名前をリストのなかから見つけられないらしい。仕方なく周りにいた外国人が彼女の代わりに名前を探し、サインをしてあげる。その後も、同じように自分の名前が読めない人が数人いて、私も近くにいた人のサインを代わりにした。
次に主催者がフランス語講座の目的と、講座終了後に就ける職業について説明し始めた。すると、またさっきの女性がまた発言する。「私は腰が悪くてあまり動けません。」
毎日電車に乗って、講座に通うのは難しいと言う。ここでも、「私も…」と数人が声をあげた。字が読めない人とメンツがほぼ一致する。
そして、最後にフランス語のレベルと、一般常識のテストがされることになり、問題用紙が配られた。まず解答用紙に名前を書くように指示される。すると、私の隣にいた男性が言った。
名前が書けません。
隣だったので、私が代わりに書くことにする。名前は何?と聞くと、「○×△☆♯♭●□▲★※」と言われた。よくわからない。「つづりは何?T・H・O…?」と聞いてみると、やっぱりここでも「わからない」と言われてしまった。
なら逆に、何だったらわかるのよ?と突っ込みたくなったが、そこでハッと気が付いた。
これが、フランス移民の最貧困層の現実なんだな、と。私があまりにも当たり前で気にも留めないようなことが、彼らにはできない。私たちが、できるかできないかの天秤にかけようとも思わないようなことが、彼らには難しいのだ。この現実を目の当たりにして、私はとてもショックだった。
そこで彼らの毎日の生活を想像してみる。名前の書き方を覚えるなんて、アルファベットの配列を覚えるだけなので、どんなに長い名前でも1時間あれば余裕で覚えられるはずだ。それにもかかわらず、名前の書き方を覚えようとも思わないような彼らの置かれている環境とはどういうものなのか…と。
読み書きを母国で習わないまま大人になり、フランスに来て、さぁ仕事を探そうと思っても見つかるわけがない。仕事が見つからないから収入は安定しない。仕事が見つかっても高い給料はもらえず、ずっと貧しいままだ。そんな移民家庭の一番の感心ごとは、「明日食べていけるお金があるか」ではないか…。第一階層の生きていくための基本的・本能的な欲求(食べたい、飲みたい、寝たいなど)を満たすことが、第一優先事項だ。
よくフランスでは、「移民家庭は、勉強する意味を理解していない」と言われているが、それはこういうことかと合点がいった。親が勉強してきていないから、その価値がいまいち理解できず、子どもにどう教えていいのかわからない。そんな親を見て育った子どもだって、勉強しようとは思わない。バカンスが長く、年間総授業時数が日本よりも約100時間短いフランスでは、自主学習をしない子どもはどんどん引き離されていってしまう。
その証拠に、ユニセフの『子どもたちのための公平性』調査によると、フランスは世界で最も教育格差がある国のひとつである。OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)における到達度のギャップを元にしたランキングでは、フランスは37か国中35位(日本は27位)だ。裕福で高学歴なフランス人の親に育てられる子どもと、読み書きできない移民の親に育てられる子どもでは、例え同じ学校に通っていても成績に大きな差がでてくることは明白である。
日本での子どもの貧困と、教育格差
これは、超格差社会フランスの話だし、さすがに彼らのように読み書きが全くできない移民家庭というのは、日本では稀だろう。しかし、貧困からくる教育格差という面では、日本も抱えている問題は同質であるように思う。
これらは、日本の貧困層の子どもの声だ。
・4歳のとき両親が離婚して以来、母親と2人暮らしをしています。母親は朝早くに仕事へ出かけるため、小学校のときから1人で朝ごはんを食べて登校しています。進学塾に通うことができず、自分の学力レベルすらわからない。高校受験の情報格差もあります。(中学生・女子)
・友達は高校に行くけど僕はあきらめた。「授業料タダ」と言われても、お金は掛かる。入学金、制服代、定期代…。先生達にも気づいて欲しい。誰か助けて。(中学生・男子)
・お母さんが離婚しました。朝は早くから清掃の仕事に行って夜も働いています。遅く帰って来て「辛いから仕事変えたい」って言っています。早く私が働かないと。そればかりを考えています。(小学生・女子)
マダムリリーは定時制の高校に通っていた時期がある。そこで出会った1つ下の男の子は、気温が0度を下回るような真冬でも薄っぺらいトレーナー1枚で、片道1時間以上を歩いて毎日登校していた。親が借金まみれで、長男である彼が働かないと、とてもじゃないが弟と妹が食べていけないというのを噂で聞いたことがある。朝早くから働いて疲れ切っていたが、給食が食べられるという理由で、毎日欠かさず登校していたようだ。
「最近元気にしているの?」とたまに尋ねてみると、「いやぁ、仕事がきついっすよ。お金にならなくて…。」とはにかんだ笑顔で答える。それでも、将来は親を楽させてあげられるように、早く家を買ってあげたいと語っていた。彼はとても真面目な性格で非行に走ることもなく(そんな暇がなく)、本当だったら定時制ではなく、普通の高校に通っているべき人だった。
だから、彼と話すたびに、「こんなに頑張っているのだから将来は誰よりも幸せになってほしいな…」と、いつも思っていた。
しかし、ある日彼は首をくくって、この世からいなくなった。急に、いなくなった。
貧困層の子どもというと、いつも彼のことを思い出して、胸が痛くなる。
きっと、私にできることが何かあったはずだ。
きっと、私にできることが何かあったはずだ。
きっと、私にできることが何かあったはずだ。
あれから10年以上がたった。異国のフランスで最貧困層の移民と話して、久しぶりにこの時の気持ちを思い出した。