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WUNDERKAMMER

線香の番

2021.09.14 02:35

昔、爺さんの通夜で起こった不可解な出来事のお話。

うちの地方の風習なのかも知らんけど、お通夜の夜の線香の番ってのがあるんだよね。

通夜の日の夜通し、線香の火を絶やさないように寝ずの番をするっていう決まりなんだけど。

もう随分と前、うちの爺さんが大往生で亡くなって、

で当時大学生だった俺と、爺さんの末っ子だった叔父さんとの2人でその線香の番をすることになった。

田舎のこじんまりした斎場で、爺さんの納まった棺を上座において、花をちょこちょこっと飾っててね。

通夜自体は夜8時前には終わったんだけど、その後もお客さんが三々五々にやってきて挨拶に来たんだよね。

それも夜10時過ぎには人気もなくなった。

でその後、俺と叔父さんと親父で爺さんの思い出話をしながら酒飲んでた。

真夜中過ぎに親父が帰って、1時を回った頃叔父さんが交代で寝ようと言って控室に行った。

「3時半ころ戻る」とか言って。

俺は薄暗い斎場の祭壇の前で、そのまま一人酒を飲みながら線香の番をしてたんだよね。

線香が短くなると新しい線香に火をつけるといった具合に。

事が事なので漫画持ち込んで読む訳もいかず、今みたいにスマホがある訳でなく、ただ一人ぼんやりと酒飲みながら時間が経つのを待ってた。

ぼんやり灯る蛍光灯の下に死んだ爺さんと2人きりで。


暫くして2時を回った頃、しとしとと雨の音が聞こえてきた。

薄暗い照明の下で一人叔父さんとの交代の時間を待ってると、入り口の方から誰かがひょこひょことやってくる。

こんな時間にお客かと思いながら見ると、古ぼけた和装の喪服を着た坊主頭の見知らぬおっさんだった。

いがぐり頭でエラがはってぎょろっとした目の。

慌てて立ち上がって礼をするとおっさんも礼を返し、棺に歩み寄ると爺さんの死に顔を見つめ出す。

俺も起立して手を前に組みその様子を見やる。

ふと線香を見ると大分短くなっている。いかんいかんと俺は新しい線香を取り出し火をつけようとしたんよ。

するとそのおにぎりみたいなおっさんが、炉の中のちびた線香にふーふーっと息を吹きかけて早く燃えつきさそうとしてる。

何だこれ俺怒られてんのか?と思いながら慌てて手に取った線香にチャッカマンで火をつけた。

するとおっさんがこっちに駆け寄ってきて、新しく着けた線香の火をふーふーと消そうとすんだ。満面の笑みで。

線香の火を絶やすと故人が成仏出来ないとか何とか聞いてた俺は、慌てて何するんですか、ちょっと冗談はやめて下さいと体をよじった。

新しい線香を炉の灰に刺すと、今度はそっちにふーふーと息を吹きかけ早く燃そうとする。

子供っぽいおっさんやな、もしかして痛い人なのかな?と思いながらも、

それでもかなりの目上の人やし無理やり静止することも出来ず、

しょうがないから秘密兵器の、燃えつきるのに10時間かかるとか言う渦巻き型の超長い線香を取り出した。

そんでチャッカマンに火を点けその渦巻き線香に点火しようとすると、おっさんがやってきてチャッカマンを吹き消す。

酒も入って寝不足でいい加減切れ気味になってきた俺は、ちょっとマジ何なんすか止めて下さいよと手でおっさんを掃いだした。

そしておっさんが右に回ると体を左によじってチャッカマン着火、おっさんが今度は左に回って火を吹き消すと言ったコントのようなやり取りが暫く続いた。

ちょっとやめて、おっさんを追い払うように手をぶんぶんと振り回す。

負けじと満面の笑みを顔に張り付けて、ふーっふーっと大きな息を吹きかけてくるおっさん。

暫くそんな騒ぎを繰り返してると、後ろから誰かが俺の肩を叩いた。


「何やってんだ?蚊か?」叔父さんが戻ってきた。

いやこの人が……って前を見ると誰も居ない。

あれ?逃げた?っとなって、でも俺もはっきり我にかえれず、いや何も……と誤魔化した。

「何だ?酔っぱらってんのか?線香の火は大丈夫か?」

さっき炉に刺さした線香はまだ2-3割ほど残ってる。良かった。

渦巻きに火をつけながら、

「うん、大丈夫。線香の火は絶やしてないよ。だって爺ちゃん成仏出来なくなるんでしょ?」と言うと、

「お前、そうじゃないよ。線香の火を絶やすと故人が誰かをお供に連れて行くんだよ」

とぼそり……。

葬式の後、爺さんの形見分けじゃないが爺さんちでみんなで集まって精進落とししながら酒飲んでた。

で父ちゃんが爺ちゃんの古いアルバム引っ張り出してきて皆で見だした。

その中に爺さんが太平洋戦争で中国本土に従事してる時の写真が数枚あって、爺さんの所属した分隊らしい写真があったんだよ。

若い姿の爺さんと仲間らしい兵士6-7名が並んで。わー若いな~爺さん親父そっくりなんて見てると、その中にあのおっさんを見つけた。

険しい顔で腕を組み、軍帽を目深にかぶっていたけど、えらの張った輪郭とぎょろ目は明らかにあのおっさんだった。

下に故・〇〇兵長とあった。

びっくりして手が震えた。

騒動の一部始終を言うかと思ったが、俺も大分酒が入ってたし叔父さんもそんな人見てない、

またおっさんの謎の行動は爺さんとの確執を感じさせて、結局言い出すことは出来なかった。

と言う出来事なんだけど、

今でもあれは夢だったのか、現実だったのか、もし現実なら兵長さんは何で線香の火を絶やしたかったのか、と考える時がある。