文化と経済を仲介する観光と着地型旅行業の役割
近年、政府の文化政策は保全から利活用へ大きく舵を切っている。2016年に策定された政府の観光政策目標である「明日の日本を支える観光ビジョン」では、「文化財の観光資源としての開花」が謳われ、2017年の「骨太の方針」では「稼ぐ文化への展開」として「文化による国家ブランド戦略の構築と文化産業の経済規模の拡大に向け取組を推進」することが示された。2019年改正された文化財保護法、2020年に成立した文化観光推進法は、いずれも「とっておいた文化財」を「とっておきの文化財」へ転換するものである。地域に点在する文化財を、ストーリーを冠して面として発信していく日本遺産の認定制度も、この文脈の中で生まれたものである。
一方で、こうした文化財の利活用を軸とする政府方針については、急速に進む経済観点からの無秩序な活用による文化財の棄損や滅失への危惧や不安を背景とした慎重論がある。また、社会教育施設として規定される文化財において、経済的な活動は本来的に馴染まないという見方もある。確かに文化財そのものから直接的経済効果を意図することは難しい。
文化観光とは文化資源の観覧等を通じて文化についての理解を深めることを目的とする観光である、と文化観光推進法では定義されている。しかし、重要なことは、文化観光が文化財を魅力として観光者を引き寄せ、観光事業者が人を呼んで交通、宿泊、食などの旅行素材を提供して外部経済効果をもたらすことである。
同時に、文化財は観光のためだけに存在するのではなく、教育や地元観光を通じて地域住民のアイデンティティやシビックプライドにも寄与する社会的共通資本であることも忘れてはならない。地震で崩壊した熊本城、焼失した首里城に涙した地域住民の姿を見れば、それは明らかであろう。地域固有性と再生困難性という特徴をもつ文化財は、保全コストを誰かが負担しなければ消耗する。保全コストを公的支出だけに依存せず、観光者と観光事業者の経済活動から生み出していくことが、本来の持続可能な観光のあり方である。近年、一部自治体で導入が進む宿泊税の活用も検討に入れるべきだろう。
経済は効率と比較優位を求めるが、文化は個性と固有価値を志向する。経済は流行を求めるが、文化は不易を望む。両者は相反する志向概念をもっている。経済ばかりに依拠すると、地域の固有価値を失うリスクがある。文化観光の意義は、経済と文化の二項対立ではなく両者をつなぐことにある。人も地域も経済がなければ生きてはいけないが、文化がなければ生きる意味がないのである。経済は物質的な豊かさをもたらすが、心の豊かさを与えるのは文化である。人に個性があるように地域にも個性がある。没個性で均質性をスケールさせるモノづくりとは違い、観光は地域の固有価値に磨きをかけ、旅人の人生を個性的で豊かにする文化的営為である。文化観光は文化と経済をつなぎ、交流によって新たな文化を創造して、地域ブランドの向上にも寄与する。
文化仲介者としての着地型旅行業の役割
観光者が観光地に求めるものは得てしてステレオタイプな疑似イベントである。サムライ、ニンジャを求め、産地でなくてもSUSHI、MATCHAを求める外国人は今でも多い。一方で地域固有の文化には、社会環境の影響を受けながら長い時間をかけて育まれてきた複雑な文脈がある。観光者に地域のありのままを提供すると、文化の違いから嗜好が合わないことも少なくない。地域が売りたいことと観光者が求めることにはズレが生じるのが常である。
そのズレを解決するのが文化仲介者としての着地型旅行業の役割である。文化仲介者には、観光者のニーズに応えつつ、一方で地域の固有価値を磨き観光者の期待を超える発見や意外性を提供する編集力や演出力が必要となる。観光者におもね、ブームを求める発地型旅行業にはそれはできない。地域に立地する着地型旅行業こそ、地域の固有価値を高める文化創造者になることができる。
そのためには、地域の文化財に対する学習はもちろん、一次産業、地場産業、食、温泉、伝統芸能・アートなどあらゆる地域資源を総動員させ、地域づくりの手段として観光を位置付けるべきである。ブームを期待するのではなく、地に足の着いた持続可能な観光の手段として文化観光を位置付けることが出発点である。自分の地域の文化財を自ら歩けば再発見や学びも多いはずだ。文化観光の推進は、来たる質の高い観光再生の試金石になるだろう。