生物多様性の保全
http://www.nies.go.jp/kanko/news/40/40-2-06.html 【自然共生社会の構築に向けて【生物多様性領域の紹介】】より
山野 博哉
生物多様性領域は、生物多様性の保全と持続的利用に関する調査研究を行い、生態系からの恩恵を将来にわたり享受できる自然共生社会の実現に貢献します。また、2017年度に滋賀県に設置された琵琶湖分室を拠点として、環境省や滋賀県などと協力して琵琶湖およびその流域の水質や生態系の保全に努めます。
第5期中長期計画においては、生物多様性分野の研究を担い、戦略的研究プログラムの一つである自然共生研究プログラムに貢献します。生物多様性分野の研究は、先見的・先端的な基礎研究、政策対応研究、知的研究基盤整備の3つの柱で進めます。
先見的・先端的な基礎研究として、地球上の多様な生物とそれを取り巻く環境からなる生態系の構造、機能、これらの関係の解明、人間が生態系から受ける恩恵と人間活動が生物多様性・生態系に及ぼす影響・リスクの解明・評価に関する調査・研究を様々な空間および時間スケールで実施します。
政策対応研究として、我が国の生物多様性の評価に関する拠点化を推進し、所内外との連携を促進して、生物分布をはじめとする生物多様性に関わる情報の集積および分析を行い、生物多様性の保全や持続的利用に関する目標の策定や目標の達成度の把握に貢献します。
知的研究基盤整備(図1)として、生物多様性の評価と保全に必要な、湖沼等の長期モニタリング、生物応答に関する実験、生物のゲノム情報解析に関する研究基盤整備を行います。また、生物資源の収集・保存事業を行い、絶滅危惧種の域外保全に貢献するとともに、微細藻類をはじめとする生物資源の持続的利用を推進します。さらに、国内外の観測ネットワーク等と連携するともに、データや試料の利活用を推進します。
生物多様性領域の知的研究基盤整備の図
図1 生物多様性領域の知的研究基盤整備
自然共生研究プログラム(図2)では、社会変革に向けた重点課題を以下の5つのプロジェクトとして絞り込みました。プロジェクト1から3では、生物多様性の保全に関して、生物・生態系の環境変化への応答機構を評価し、劣化要因の制御と保全計画を提示します。プロジェクト4では、生物多様性の利用に関して、生態系機能と生態系サービスの多面性を評価し、生態系を積極的に活用した問題解決策を提示します。これらに基づいて、プロジェクト5で生物多様性の主流化および社会変革をうながし、自然資本の向上に貢献します。各プロジェクトの具体的な内容は以下の通りです。
自然共生研究プログラムの構成の図
図2 自然共生研究プログラムの構成
プロジェクト1:人口減少社会における持続可能な生態系管理戦略に関する研究
人口減少社会において持続可能な生態系管理の空間デザインを検討するため、広域データに基づく生態系変動や駆動因の評価手法の開発、および生態系管理効果の評価を行います。それらの成果に基づき、生態系管理における意思決定支援の枠組みを整備します。
プロジェクト2:生物多様性および人間社会を脅かす生態学的リスク要因の管理に関する研究
生物多様性および人間社会に対して有害な影響を与える環境リスク要因として侵略的外来生物、農薬などの合成化合物および野生生物感染症に焦点を当て、リスクの分析・評価、防除手法の開発、および政策・法律・規制システムへの実装を目指すとともに広く普及啓発を図り、リスクに対する社会的レジリエンスを高めます。
プロジェクト3:環境変動に対する生物・生態系の応答・順化・適応とレジリエンスに関する研究
環境変動に対する生物・生態系の応答・順化・適応メカニズムを、野外調査・操作実験・理論研究により解明し、環境変化に対する生物・生態系の適応可能性を評価します。さらに、環境変化に対する生物・生態系のレジリエンスについて、分子から生態系レベルの時空間スケールに基づいて知見を整理し、生物多様性と生態系機能を考慮した自然共生社会の指針を開発します。
プロジェクト4:生態系の機能を活用した問題解決に関する研究
都市、流域、沿岸等いくつかの対象において、緑地・湿地・干潟等の生態系の機能とサービスの評価およびその空間配置や管理方法に基づき、生態系機能を活用した都市計画や流域・地域管理などの対策の根拠を確立するとともに、生態系を活用した問題解決およびその実装に向けた管理や制度等の検討を行います。
プロジェクト5:生物多様性の保全と利用の両立および行動変容に向けた統合的研究
さまざまなスケールで生物多様性の保全と利用を両立するための方策を具体化するとともに、人間心理と行動等に基づく保全活動の推進など、生物多様性保全・利用の社会経済活動への組み込みを促進します。
これら5つの課題に取り組むことにより、生物多様性の主流化および行動変容などの社会変革をうながし、生物多様性の保全と利用の相乗効果による自然資本の向上を目指します。生物多様性条約のポスト2020年目標へ貢献するとともに、利用に関して地域資源の持続的利用の観点で地域循環共生圏へ貢献します。
こうした取り組みは、生物多様性分野だけで達成することは不可能です。社会科学など所内外の他の研究分野の方々、行政、地方環境研究所やNGOなど様々なステークホルダーとの対話と連携を行い、科学的知見に基づいた生物多様性・生態系の保全と、自然共生社会の構築に貢献したいと考えています。
(やまの ひろや、生物多様性領域 領域長)
http://www.nies.go.jp/kanko/news/30/30-2/30-2-07.html 【生物多様性の保全、その実践を支える研究へ【生物・生態系環境研究センターの紹介】】より
高村 典子
地球上には多種多様な生き物が、互いに複雑な関わりを持ってくらしています。こうした生き物はみな、それらが有する遺伝子の違いにより形や性質が異なり、生産や分解というように、生態系で異なる働きをしています。私たちはまだ、それらのほんの一部を知っているにすぎませんが、このような「生き物のくらし」の総体から提供される様々な「恵み」を受け、命を繋いでいることに間違いありません。生物多様性や生態系を大切にしなければならない理由がここにあります。しかし、特にここ数十年の肥大化した人間活動が、地球上の生物多様性や生態系を著しく損ない、そのことが私たちの社会、経済そして環境の持続可能性の基盤を揺るがすことが危惧されています。
2010年は国連が定めた史上初の「国際生物多様性年」でした。10月には生物多様性条約第10回締結国会議が名古屋市で開催され、それに向けての話題が新聞やテレビでも多く取り上げられ、生き物をめぐる現状についての社会の理解も深まってきました。会議では、生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施するため、2020年に向けた20の新戦略計画(愛知目標)が定められました。私たちも「生物多様性って何?」「なぜ、生物多様性を守るのか?」という問いかけに応えるための研究から「生物多様性を効果的に保全するには?」という問いに応える研究へと歩みを進めたいと思います。
生物・生態系環境研究センターでは、地球上の多種多様な生物と、それらが暮らす生態系の構造と機能に関する研究に基軸を置きながら、第3期中期計画の5年間に「生物多様性・生態系の保全の実践」を支える研究を進展させます。そのためのフレームワークは図に示す通りです。中心に課題対応型の「生物多様性重点研究プログラム」を置き、生物多様性の現状の把握と、保全策の効果を予測し評価する手法の開発を行います。一方、センタープロジェクトは、研究者が自由な発想で実施することができる提案型研究で構成し、基礎研究から人文・社会科学との連携を重視した研究を実施します。また、地域環境研究センターとの連携研究プログラムに参画し、アジア流域圏での生態系機能の定量化の研究を通して、最適な生態系の保全・再生の方法を探ります。
フレームワークの図(クリックで拡大画像がポップアップします)
図 生物・生態系環境研究センターがこれからの5年間で推進する研究のフレームワーク
環境研究の基盤としては、長期モニタリングや生物資源の保存・提供事業を継続します。生態系の現象解明には長期にわたるモニタリングが不可欠です。湖沼モニタリングは、研究所設立直後からすでに30年以上継続している長期モニタリングです。人為による湖沼生態系への影響評価を霞ヶ浦で、逆に、人為の影響が極めて少ない湖沼での化学物質等の越境汚染の評価などを摩周湖で継続することで、学際的な湖沼研究の中核としての役割を維持し、GEMS/Water(地球環境監視システム/陸水監視部門)やLTER(長期生態系研究)などの国際ネットワークへの情報提供にも貢献します。GMO(遺伝子操作生物)モニタリングでは、遺伝子組み換えセイヨウアブラナの野生化や分布拡大を防ぐための監視に関わる研究を継続します。生物資源の収集・保存・提供事業では、赤潮やアオコなど環境問題と深くかかわる微細藻類や、絶滅の危機に瀕する野生動物の培養体細胞・生殖細胞の長期保存を行います。さらに、今後、利用のニーズが増えると考えられる生物多様性研究に係る情報の整備を進めます。センターのプロジェクト研究と研究基盤事業は、双方向での連携を強化するとともに、おのおのが国内外の研究機関や国際的なネットワークと連携をとりながら、切磋琢磨していきたいと考えています。
大震災と原発事故を受け、改めて「科学・技術の成果に大きく依存した社会」に生きていることを実感しました。私たちの築き上げてきた物質的に豊かな社会は、予測しきれない自然の振る舞いの前では極めて脆かったのですが、私たちが安心して暮らすには、そうした予測のむずかしさを前提に、なお科学・技術を上手に使っていくしかないように思われます。そうした社会における専門家の役割は、予測の不確実さの提示も含め、正しい情報を迅速に国民に発信することに尽きます。「どのように、生物多様性を保全していくのか」についても、研究成果の発信をとおして、社会との対話を怠ることがないように心掛けたいと思っています。
(たかむら のりこ、生物・生態系環境研究センター長)