世界は愛に満ちている
久しぶりの台風が
過ぎ去った翌日
駐車場に
青々とした落ち葉が
散乱していた。
そこまで風が吹いたと
思わなかったけれど
思わぬ台風の落とし物に
朝から箒を持って
奮闘していた。
我が家の駐車場の前は
100年以上の歴史のある
県立高校だ。
100年もの歴史のある学校には
これまた大きな木が
たくさんあって
毎年毎年
駐車場に落ち葉を
たくさん落としてくれる。
昔はその落ち葉を冬至の日まで
3ヶ月間
掃き続けるのも
大変すぎて
「いい加減にしてくれ〜」
と思っていた。
けれど
昨年戻ってから
草取りが日常になり
自然がもたらすものの
恩恵に
気づき始めたら
落ち葉ですら
掃き清めた後の
清々しさを
味わいたくて
黙々と掃除に勤しむ
ようになってきた。
すると
いつのまにか
平日の朝は高校の
先生と生徒さんたちが
校門前の清掃のついでに
ウチの駐車場まで
はいてくださることが増えて、
あっという間に
駐車場は綺麗になって
清々しさとともに
感謝の気持ちも
あふれていく。
繰り返す作業に
意味を求めなくなると
ゲームの上がりのような
ギフトが
届けられる、
そんな気がしていた。
そしてその日も
土曜日なのに
県立高校の先生が
高校の校門を掃き終えて
ウチの駐車場まで
お手伝いしてくださった。
「ありがとうございます。
今日はお休みでしょう?」
掃きながら声をかけると
「そうなんですけどね。
台風の後が気になって
出てきましたよ。
実はね、
明日は北部の市町村の
公務員試験が
うちの高校であるからですね。
たくさんの人が受けに来られるんですよ。
綺麗にしとかなきゃ
受けにきた人も気持ちよくないでしょう」
驚いた。
実は甥っ子がその試験を
受けることになっていて
その会場が
ウチの目の前の
高校だと、
昨日実家で
聞いたばかりだった。
甥っ子はこの一年
就職試験に向けて
努力を重ねてきた。
いくつかの合格は得たものの
明日の試験が
第一目標であった。
そんな
昨日の今朝に
こんな言葉を耳にすることに
なるとは。
ハッとしたのである。
試験を受ける、ということは
あたりまえのことではあるが
その試験を実施する準備がある。
いろいろな方が関わっている。
目の前にいらっしゃる
高校の先生も
直接的ではないが
会場として使われる
その場を準備したくださっている
お一人だったのだ。
そして
掃除をする、
という
行為に
明日ここを訪れる
たくさんの誰かのために
祈りを込めてくださっていた。
箒を握りしめたまま
目の前の大楠を見上げていた。
大楠の緑の葉っぱが
宝物のように
キラキラと光っている。
「世界は愛に満ちている」
そう聞こえた気がした。
たくさんの知らない誰かが
ここに向かって歩き
その中に
甥っ子の姿がある。
綺麗に掃き清められた
愛にあふれたこの場所を
歩くんだ。
そう思うと、
感謝の気持ちで
胸がいっぱいになる。
もうすでに
綺麗になった駐車場を去り
先生は
違う場所をへと
箒を持って移動されていた。
また先生方も増えて
学校の周りを
どんどん
掃き清められていた。
家に戻り
冷蔵庫から
飲み物を取り出し
袋に入れた。
校門に戻り
箒を抱えて
校内に戻ろうとされている
先生に声をかけた。
「先生、
ありがとうございました。
明日、私の甥っ子が
こちらで試験を受けるんです。
綺麗にしてくださって
ありがとうございました」
「え!そうなんですか。
そりゃ、頑張ってもらわなきゃ。
ありがとうございます」
顔を見合わせて笑った。
コロナ禍の中
なんだか見えない敵と
いつまでも
戦う姿勢を
強いられてるように
感じる毎日で
息苦しさを感じていた。
でも
気がつけば
そこにもここにも
たくさんの愛がある。
あたりまえのように
綺麗にされている校門も
道路も公園も
特別に意識されていなくても
そこには
無意識の
祈りがあった。
自分との戦いを続けてきた
甥っ子に
最後の仕上げとしか
思えない
このことを
伝えなければと
義姉にLINEを送った。
「明日の試験の会場を
先生方が
受けに来られる人たちのために
綺麗に掃き清められていました。
準備したくださる方がいらして
試験も受けられるんだ、と
改めて気付かされました。
明日はどうかそのことを
思い出して
校門で一礼をしてくださいね」
義姉も
とても喜んで
甥っ子にLINEを送ってくれたそうだ。
翌日も快晴だった。
朝からの直接応援は控えたけれど
少し早い時間に
校門の前で手を合わせた。
「感謝とともに
力をつくせますように。
この場所にあふれる愛に気づけますように」