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ノビのこと

2021.10.19 03:04


つづき。



交通事故に遭ったのが、誰だったのかはわかりません。


やまちゃんが現場を見に行きましたが、

直視できずに帰ってきました。


だけど、2匹いたような気がする、と目を伏せます。




しばらく、誰も来ない日が続きました。


いつもすぐに空っぽになっていた洗面器の水も、減らなくなりました。

暗闇の中に影を探しますが、暗闇は暗闇のまま動きません。


どうして来ない?

どうして来ない?


もやもやとやりきれない気持ちを抱えたまま、過ごしました。




ところが、小さな気配が、またチラッチラッと感じられるようになったのです。

庭に出ると、何かが全速力で、デッキの影や木材の間あたりを横切ります。


ある朝カーテンを開けると、居間の窓のすぐ下のところから、

小さな影が素早く去りました。


「おる。」


もしかして、夜ここで寝てるのかな。


いりこを置いておきました。

なくなっていました。


次の夜には、食べ物を置いてじっと息を潜めて見ていると、

小さな影がさっと奪って、雨戸の向こうへ消えました。

暗くてよく見えないけど、シノビの2匹の子どもの、おチビさんのほうに似ていました。


次の夜には、同じように食べ物を置いて、動画を撮影して、前に撮った写真と見比べました。

鑑定結果は…


そうだ!あのおチビちゃんだ!


大きめの耳や、ピンク色の鼻、色や模様が、あの日デッキで見たあの子にそっくりです。




母親譲りの警戒の強さで、食べ物もさっと奪って見えないところで食べようとします。

でも、ちょっと前まで赤ちゃんだったワキの甘さからか、好奇心からか、

一瞬ふっとこちらへ寄ってきては、あ、いかんいかん、という様子でまたさっと逃げたりもします。


しかし、なかなか寄り付いてはくれません。



こうなると、なんとかもっと近づきたい、という気持ちになってきます。

「あなたともっと仲良くなりたいんだよ」とアプローチを続けました。


すると、少しずつ心を許してくれていることは、日に日にわかるようになってきました。





ちょっとずつ、逃げ出すまでの時間が長くなって行き、

網戸越しならば甘えてくるようになり、

投げ出した足に興味を示したり、

そのうちに手のひらにのせたお菓子を食べたり、

柱を挟んだ向こう側からなら、猫パンチをしてくるようになり、

用意したカゴに丸まって寝るようになり、

カゴに寝そべったまま猫パンチしてくるようになり…

でも、こちらから積極的に触ろうとすると、シュッと身をかわします。

(特に、やまちゃんの手のにおいを嗅がせると、なぜか途端に逃げ出す。)





変化は突然やってきました。


ある夜もそれまでと同じように、

触れたい触れたいとちょっかいを出す人間たちと、

ダメよダメダメ、とツレない仔猫の攻防がひとしきり行われました。


すると、ついさっきまで「ダメダメ」モードだったのに、

突然めぐの手にすりすり、すり寄ってき始めたのです。

「もう離さない!」といわんばかりの勢いですりすりし続けます。


あまりの可愛らしさとその温もりに感動しつつも、

あまりの豹変ぶりと勢いに、たじろぐめぐ。


夜もふけたので、ひとしきりたわむれた後

名残りを惜しみながら、おやすみと告げました。


ところが、仔猫は鳴き止みません。


それどころか、網戸によじ登ったり、あたりを蹴飛ばしたり、どんがらがっしゃん。


人間たちは、心を鬼にしてカーテンを閉めて寝室へ。

するとミーミーミャーミャーというけたたましい鳴き声が徐々に近づいてきて、

寝室の網戸にもガリガリと何度も登っている様子です。


明かりを消して、じっと静かにしているうちに落ち着いたようでした。




翌朝、寝室の窓を開けると、わたしたちに少しでも近いところにいたい、という様子で

窓のすぐそばで眠りこける仔猫がいました。



かくして、仔猫は野らり暮らりにおける、初の長期滞在猫となるのでした。





さて、この子のことをなんと呼ぼうか。


シノビのことが心から離れないまま、

シノビコだの、ノビコだの、コノビだの、コシノビだの、

なんだかんだあーだこーだあれやこれやとと言いすぎたため、

呼ぼうとしても「えーと…なんだっけ?」と、名前が口をついてこないという事態に。


ついには、めんどくさくなって「ノビ!」と呼んでしまいました。


なんだかしっくりきました。



ひとりぼっちになって、わたしたちのところへやってきたけれど、

ここで、もしくはここをスタートに、ノビノビと、自由に生きてほしい。






もはや、やまちゃんはノビにメロメロです。


泊まりがけの仕事はやめて、ずっとノビといようかな、

などと、よく口走ります。


そんなやまちゃんの気持ちを知ってか知らずか、

ノビは、ぺろぺろしながら上目づかいでやまちゃんのことを見つめ、

「ゴハンちょーだい」と、超絶かわいい猫撫で声で甘えます。


それで、メロメロやまちゃんはどんどんゴハンをあげるので、

ノビのお腹はまるまるとしてきました。





シノビ親子が急接近してきたあの1日は、

シノビからのメッセージだったように思えてならないのです。

「ほら、こんなにかわいいでしょ?これからよろしくね」と。


猫については、いろんな不思議な話を聞きますが、

シノビは、ノビをわたしたちに託して旅立ったのでしょうか。



まぁそれはどうあれ、

ノビは、わたしたちに

あたたかくて優しい日々を運んできてくれました。






いつまでノビが滞在するかわかりませんが、

いてくれる間は、お互いに

場所を、食べ物を、ぬくもりを、

”いま”を、わけあって暮らしましょう。