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忽那 賢志 教授(感染制御学)

2018.09.25 14:15

https://www.med.osaka-u.ac.jp/archives/26644 【忽那 賢志 教授(感染制御学)が着任しました】より

教授 忽那 賢志 (くつな さとし)

感染制御医学講座(感染制御学)

新型コロナウイルス感染症の流行によって世界は大きく変化しました。感染症に関する知識は一般の方にとっても重要であり、また感染症の専門家の育成も急務となっています。大阪大学では、引き続き啓発活動に務めつつ、次のパンデミックに備えた医療従事者の育成に取り組みたいと思っています。また大阪大学の強みを生かした研究活動にも取り組んで参ります。

忽那 賢志 教授(感染制御学)が着任しました

感染制御学

次の新興感染症のアウトブレイクを見据えた研究と次世代リーダーの育成

COVID-19の診断・治療・予防の確立を目指して次の新興感染症のアウトブレイクを見据えた研究を次世代の感染症のリーダーを担う人材の育成臨床から研究へ、physician scientistとして世界へ発信

教授 忽那 賢志 感染制御学

感染制御学は2003年に病院の中央診療施設感染制御部として設置され、同時に大学院医学系研究科の特別協力講座となりました。初代教授の白倉良太教授、2008年からの朝野和典教授、そして3代目として2021年より忽那教授に引き継がれ、現在に至っております。

COVID-19、そして次の新興感染症に備えた研究の確立と、次世代の感染症診療のリーダーを担う人材の育成

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COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は1918年のスペインかぜ以来の100年に一度の感染症の流行と表現されることがあります。実際にこの感染症によって世界は根本から揺さぶられ、現在もまだ大きな影響を被っています。このCOVID-19の流行によって、感染症の診断・治療・予防の技術は大きく革新されました。PCR検査を始めとした検査体制は強化され、またmRNAワクチンなどの新しいプラットフォームを用いたワクチンは予想以上のスピードで開発されました。

私はこれまでにCOVID-19回復者の免疫獲得に関する研究や、患者情報を集積するレジストリ研究、そして回復者血漿療法という治療薬の開発に関わってきました。この経験を生かし、大阪大学大学院医学系研究科・医学部 感染制御学講座でも発展させていきたいと考えています。

また、このCOVID-19のような規模の感染症が次に流行するのは本当に100年後なのかは誰にも分かりません。それは50年後かもしれませんし、ひょっとしたら5年後かもしれません。今回のCOVID-19で得られた研究成果をレガシーとして、次また新たな新興感染症が流行した場合に備えた研究体制の構築が望まれます。

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COVID-19の流行で明らかになった課題として、感染症専門家の不足が挙げられます。日本感染症学会の専門医は2021年7月現在約1600名であり、他の領域の専門医と比較して十分な数とは言えません。感染症領域では近年、薬剤耐性菌の増加により抗菌薬適正使用の重要性が増しており、感染症専門医の需要は高まっています。また、COVID-19の流行下では、病院内の診療のリーダーとなるべき感染症専門医が不在であった医療機関も数多くあります。このような中、感染症専門医の育成は喫緊の課題と言えます。また感染症専門医だけでなく、感染管理看護師、細菌検査技師、薬剤師など感染症診療・感染対策に従事する医療従事者がこれまでになく求められている時代となっています。

大阪大学では、将来起こりうる新興感染症の脅威に対する備えとしての研究・教育のための拠点として2021年にCiDER 大阪大学感染症総合教育研究拠点が設置されました。私たち感染制御学講座はCiDERと連携し、次世代の感染症診療・感染対策のリーダーとなる人材、特にエビデンスにのっとった感染症診療・感染対策を実践できるだけでなく臨床の現場からエビデンスを発信する「Physician Scientist」の育成を行い、地域、日本、そして世界の感染症対策に貢献してまいります。


https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64317380Y0A920C2000000/ 【コロナ回復者の血液使う治療法、「神頼み」からの脱却】より

新型コロナウイルス感染症の回復期患者血漿(けっしょう)療法は、米国などでは、あらゆる重篤な患者に緊急措置として実施されてきた。ただし、これまでのところ血漿療法の明確な有効性は示されておらず、「血漿療法によって重篤な患者を救える可能性はあるが、多数の患者を対象とした、主治医も患者もどちらの治療を受けているかを知らされない二重盲検の臨床試験で検証が必要」という状況にとどまっている。しかしながら、患者が重症化する前、できるだけ早い時期にウイルス本来の作用を失わせる「中和活性」の高い血漿を投与できれば、重症化を防ぐことができ、血漿療法は「神頼み」の治療法から有効な治療法へ脱することができそうだ。

いわゆる回復期患者血漿療法はウイルスに感染後、回復した患者から提供された血液から、血漿を調製して同じウイルスに感染した患者に投与するという古典的な治療法である。ウイルス感染から回復した患者の血中には、ウイルスの増殖を抑制する抗体(中和抗体)が存在するという前提に立った治療法だ。これまで人類は、新興感染症の危機に直面した際、常に血漿療法を試してきた。実際海外では、中東呼吸器症候群(MERS)や重症急性呼吸器症候群(SARS)、エボラ出血熱の患者に対して、血漿療法が試みられている。

新型コロナの血漿療法は中ぶらりんな状態に

血漿療法は、ウイルスそのものや感染症の病態が全く分からないパンデミック(世界的大流行)の初期であっても、回復期患者から血液を提供してもらえば、すぐに実施できる簡便な治療法だ。そのため、命の危険にさらされた重篤な患者を救うことができるならばやってみようと、神頼み的に試みられてきた面がある。そういうわけで、今回の新型コロナのパンデミックに対しても、回復した患者由来の回復期血漿療法が各国で試みられている。

しかし、重症患者に対する有効な治療法が確立していない中、臨床現場ではあらゆる重篤な患者に緊急措置として血漿療法が実施されているのが実態だ。そのため、臨床試験という体裁は取っていても、多くが非盲検の観察研究に終わっている。その結果、これまで得られているのは「血漿療法によって重篤な患者を救える可能性はあるが、多数の患者を対象とした二重盲検での検証が必要だ」という結論だけである。

実際米国では8月、新型コロナの重症患者を対象とした血漿療法に緊急使用許可(EUA)が認められた。今回のEUAの根拠の1つとなったのは、米メイヨー・クリニックが主導した臨床試験、厳密には拡大アクセスプログラム(EAP)のデータだ。

査読前の医学系論文を公開する「メドアーカイブ」に発表された報告によれば、同プログラムの下、全米2807施設で3万5322例の重症患者を対象に血漿療法が実施され、重症患者に対する「有効性のシグナル」が示唆されたという。米食品医薬品局(FDA)は、それらのデータが、EUAの「有効性がある可能性がある」という基準に合致しており、考えられるリスクが考えられるベネフィットを下回ると判断して、EUAを出していた。

ただし、この臨床試験は比較対象の無い、盲検化されていない試験方法で行われており、ここから統計学的にうんぬん言うことはできない。にもかかわらず、トランプ米大統領は、FDAによるEUAについて、「FDAのお墨付きを得た」と胸を張り、それに同調する形で、FDAのハーン長官も、血漿療法の有効性について「100人のうち35人の命を救える」とコメント。その後、その数字に根拠が無いことが分かり、(トランプ米大統領はもちろんだが)ハーン長官は、「信頼性に欠ける、ミスリードな見解を示した」として大きな批判を浴びて、責任問題にまで発展している。

なお、今回のEUAについて、米国の新型コロナウイルス感染症対策を強力に推進している米国立衛生研究所(NIH)傘下の国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のファウチ所長は「血漿療法の有効性に関しては中立であり、二重盲検の臨床試験での検証が必要である」と冷静な見解を示している。その後9月に、NIHは血漿療法について二重盲検の臨床試験を実施して、有効性を検証すると発表しており、今後、血漿療法の有効性がはっきりすると期待されている。

有効性について結論が出ない理由

なぜ、新型コロナウイルス感染症に対する血漿療法の有効性について、いつまでも結論が出ないのか──。その理由は、主に2つあると思われる。

1つ目の理由は、血漿療法に使われる血漿が、多くの施設で独自に調製されているが、少なくとも以前は肝心な血漿中の中和抗体の力価(作用の強さ)を測定できずに、力価不明のまま、その時入手できた血漿を1単位(200ミリリットル)以上投与するというやり方で行われたことである。その後の研究から、血漿を提供した回復期患者の血漿中の抗体(特に中和抗体)のレベルは患者ごとに大きく異なり、血漿中にほとんど抗体が検出されていないにもかかわらず、回復する患者がいることが明らかになった。多様な重症患者に、中和抗体の力価不明のまま(中にはほとんど抗体が含まれないまま)適当量を投与したのでは、神頼みにならざるを得ない。

ただし、米マウントサイナイ医科大学の研究グループが、最近、科学誌「ネイチャーメディシン」(電子版)に発表した論文では、酸素を必要とするような重症患者であっても、抗体価の高い(320倍まで希釈しても結合活性のある)血漿を投与すれば、人工呼吸器につながれる(重症化する)割合が、対照群に比べて有意に低下し、生存率も改善するとのことだ。

つまり、中和活性の高い血漿を用いて、できるだけ早い時期に投与すれば、重症患者が重篤化するのを阻止できる効果が期待できる、ということが改めて証明されたわけである。なお、同論文は5月末にメドアーカイブに投稿されていたが、査読付き論文として発表されるまでに3カ月半かかっており、この間の臨床試験に、彼らの指摘が生かされることが無かったとすると残念である。

2つ目の理由は、ほとんどの血漿療法の臨床試験で、かなり重症化した患者に対する有効性を評価しようとしたところにある。血漿療法は、北里柴三郎による細菌毒素に対する抗毒素療法から始まった「受動免疫」を基本にしている。細菌毒素の抗毒素療法では、感染後、できるだけ速やかに抗毒素(抗体)を投与しなければならないことが知られており、現行の抗毒素製剤にも明記されている。

また、我々(国立感染症研究所)の研究グループが、マウスを用いてインフルエンザウイルス感染に対する中和抗体の有効性を評価した研究でも、感染(曝露)前に中和抗体を投与しておくと完全にウイルス増殖が抑えられ、感染後であっても、2日目までに投与すればウイルス増殖を抑えることができるが、3日目を過ぎると抗体を投与しても抑えられなくなることが示されている。これらのことから、新型コロナウイルス感染症でも、人工呼吸器の装着を必要とするまで重症化したような患者を「受動免疫」だけで治療できる可能性は低く、不可能に近いと言わざるを得ない。

開発中の血漿分画製剤に期待

これまで得られた知見を総合すると、新型コロナウイルス感染症の患者に対しても、重症化前のできるだけ早い時期に中和活性の高い血漿を投与するようにすれば、重症化を防ぐことができ、血漿療法は神頼みの治療から脱して有効な治療法になるものと思われる。

現在では、新型コロナウイルスに対する抗体の中和活性を、試験管内あるいは生体内で測定できるようになっているので、血漿療法の評価に際しても、中和活性が高い回復期血漿を選べるようになっている。新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質に対する抗体の結合活性と生体内での中和活性の相関が分かってくれば、酸素免疫測定(ELISA)法によって簡便に中和活性を推定することもできるだろう。

今後、酸素投与を必要とする(人工呼吸器装着前の)重症患者を対象として、中和活性の高い血漿と、ほとんど無い血漿を投与してそれぞれの有効性を評価する二重盲検試験が実施できれば、血漿療法が重症化を阻止する有効な治療法として確立される可能性がある。感染しても致死的な重篤化を防げれば、少なくとも有効で安全なワクチンの開発が終わるまでの間、血漿療法は有用な治療法になると思われる。

一方で世界では、回復期患者の血漿から、ヒト免疫グロブリン(抗体)を分画して、高濃度の抗体を含む血漿分画製剤を開発する動きもある。

武田薬品工業は、血漿分画製剤の世界最大手である米CSLベーリングをはじめ、ドイツ、英国、フランス、スイスの企業を含む6社で提携し、血漿分画製剤「TAK-888」の開発を進めている。ワクチンや治療薬で、各国の企業が開発競争を繰り広げているのとは対照的に、世界中の国と企業が協力し、世界への供給を目指す、理想の形を取っている。

これまでに、「TAK-888」の詳細は発表されていないものの、少なくとも免疫グロブリンの濃縮・精製はされると思われるので、血漿療法で見られたような、中和活性の分からない成分を投与するという愚は繰り返される恐れは無いだろう。血漿分画製剤の製造工程では、抗体による感染増強(ADE)のリスクを避け、できるだけ中和抗体だけにする目的で、新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質を用いた「アフィニティー精製」を行う可能性が高い。同精製を行った、中和活性の高い抗体を製剤化し、重症化前の患者にできるだけ早く投与することができるようになれば、血漿療法同様、重症化を阻止できる治療法になると期待される。

「TAK-888」の臨床試験は当初、8月に始まるとされていたが、開始が遅れているようである。血漿分画製剤は、原理的には感染者の多いどこの国でも調製でき、世界中で重症化を防ぐことができるようになると期待される。武田薬品などの企業連合には、「TAK-888」の臨床試験を完了して、ぜひ有効性を証明して、実用化してもらいたいものである。

(国立感染症研究所客員研究員、東京理科大学名誉教授 千葉丈)

[日経バイオテクオンライン 2020年9月25日掲載]