移住のこと。
実は色々あって、私たちは沖縄に移住することを決めました。
きっかけは一人の「人」。
正直なところを書くと、私たちにとって沖縄という土地はめちゃくちゃヘビー。
基地があり、戦闘機が飛び、
新しい基地を作るために山が切り崩され、
そのために苦しむ人々がいて
戦争の匂いがあって
それを忘れさせるための観光ビジネスが
根こそぎ土地を掘り返しているようで
どこをみても重機が待機。
開発、開発、開発・・・・・
money,money,money・・・・・・
人間に都合の良いように、強引に自然の姿を変えさせて
ビジネスが広がっていく感じが
20代の頃に少しだけ住んでいたアメリカのネヴァタを彷彿とさせて・・・
それでも自然は深く美しく儚く、
今にも消えそうな危機感とともにそこにあり。
ドライブしていても胸が痛くて涙が流れてしまうくらい
悲しさと美しさと破壊と、無知への誘惑が混在している土地。
なかなか価値観を共有できる人たちとも繋がれず
私たちにはヘビーすぎて、
「ここには住めないね」と短期滞在になると思っていました。
ただその中で出会ってしまった人がいて。
その人との深いつながりを感じるから。
その人がいるのならこの土地で
その人とともに、学び、成長し、創造し、目指す世界を作っていきたい。
「この人とならば」
そう思ったから、その人に出会ったその日に移住を決めました。
その人の作るご飯は深くて、広くて。
一品一品に歴史と哲学を感じる。
想いと愛を感じる。
そんなふうに生きたいと、そんなふうに思わせてくれた琉球人の方。
その方と繋がってから、
魂の家族とも言えるような心地いい人たちと繋がり。
なんの違和感もなくそこに溶け込むことができ
今まで日本のどの土地でも感じられなかった居心地の良さと
ありのままでいられる感じがあったのです。
結局は「人」
ここにたどり着いて良かったなぁと。
おうちが燃えてくれて、環境を手放し
そして改めて環境を選ぶことができて良かったなぁと。
全く新しい世界に生きて
また潜在意識を書き換えていく。
五泉の里山に引っ越した時も、すっかり生きる感覚が変わった私たちだけど
琉球王国という島国での暮らしは、きっと私たちの感覚をまた育ててくれる。
どんな私になるだろうか。
どんな家族になるだろうか。
ということで、新潟に転居の手続きと税務署の手続きに帰った雅人くん。
私は2週間にわたるワンオペ期間。
住民票がなくてまだ保育園や幼稚園に行けない中、
仕事もしながらの子どもと二人きりの暮らし。
なかなかハードなところもありつつ、
助けてもらいながら、励ましてもらいながら乗りこなしつつあります。
まぁ色々、大変なこともありつつも
素敵な人と出会うたびに、
「あぁ、良かった。ここにいて、生きてて良かった。」
って噛み締めています。
人生は結構いろいろ。
本当に何もかもが愛おしい。
すべてにありがとう。
心から。
「フリーランスのための幸せを生み出す仕事を作る方法」について書いています。