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じゅんじゅんホームページ

息をする以外の事が多過ぎる世の中だ。

2021.09.26 12:18

菩薩との映画祭後のツーショット。

幸せって、なんなんだろう。

あらためて、すごく、すごく思う。

いま、本当にたったいま、幸せな笑みが滲み出ているのが、至福なのではないだろうか。

"いま、私はわらっているなあ。"なんてことを思う隙も無く、ああーと思う、思得る瞬間が、それが至福なんではと思うのです。

日々、思うのです。

それでも今、結局何も変わらないし、なにもわからないのです。


私は驚くほど無力で、そんなことを想定する自体、烏滸がましくて、なんともいえない。

なにも言えない。

なにも言わないでいるのが一番の安寧と、誰よりも自覚しているというのに、また、足掻いてしまう。

言葉を連ね、弁明ではないのだよと宣い乍らつらつらと連ねてしまう。

それは悲しいことなのか。

間違いであるのか。

それとも、必死で、本気で生きた軌跡であるのか。

わからない。

わからない。

きっと、50年後にも、100年後にも、わからない。

それでも、生きる。

きちんと、今出来得ることを為して、なるべく為して、生きることをする。

ひとつ先の呼吸を、なんとか、する。

それでいい。

観音様は、神様は、びっくりするくらい身近に、姿を変えて現れる。

そこにいらっしゃったのですね、と、毎回、涙する。

馬鹿馬鹿しいかもしれない。

愚かに映るのは百も承知。

それでも、だれも、その人の、そなたの悟りや救いや気付きを、嗤う権利はない、と、私は思う。

だから、あなたは、間違ったと笑っていいし、幸せだなあと、笑っていい。

私がやっと気付けたここの地点をスタートラインに、よりよい日常を大多数のあなたが始められますように。

すべてのあなたの安寧を祈って。

あいしています。

ありがとう。