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河北新報社 記者と駆けるインターン

F班原稿 「陰から支える私たちの暮らし」

2014.03.28 00:00

東北工業大3年小幡竜一、茨城大3年後藤結有、宮城大3年鈴木あゆみ



 





ゴォー。



塩釜市にある飼料工場のボイラー室に重低音が響く。



天井に配管が縦横無尽に走る10畳ほどの空間に、自動販売機大のボイラーが3台並ぶ。



飼料の乾燥工程に熱は欠かせない。



年間約5000トンもの商品を生み出す要がボイラーだ。



 





燃焼音に耳を澄まし、配管のつなぎ目から蒸気の漏れがないかを確かめる。



仙台市宮城野区にある「東日本ボイラ」取締役の菊池忍さん(37)は、工場心臓部の安定稼働に努める。



 




ボイラーに上がり配管を整備する菊池さん=塩釜市の「日本農産」



 



1972年創業、取引先は約100件。



北は青森から南は鹿児島まで足を運び、据え付けと整備、修理を担う。



 





ボイラーは燃料を燃やし、温水や蒸気を生み出す。



レトルト食品工場の煮込み工程、クリーニング店のアイロンスチーム、病院の手術器具の滅菌…。



ボイラーは現代社会の多様な現場で活躍している。



 



東日本大震災発生後、顧客からのSOSが相次いだ。



最初の現場は、太白区長町にある公衆浴場「鶴の湯」。



いち早く駆けつけ、営業再開を後押しした。



ライフラインが途絶えた街で、身も心も震えていた被災者にぬくもりと安堵を届けた。



 





行くことさえ困難な現場もあった。



津波に押し流された家屋や電柱、ひび割れた道路、中には遺体をよけながら進まざるを得ない道もあった。



それでも向かったのは「自分たちにできるのはボイラーを直し、世の中を回す一助になること」。



その一念だった。



 



社会の重責を担うボイラーだが、存在は華やかではない。



工場の片隅、ビルの地下室。



一般の人の目に触れない、陰の存在だ。



「でもね、取引先の製品を見るとうれしいね」



菊池さんは目を細める。



 



震災から3年。



被災地では工場が再起し、新設も相次ぐ。



復興の歩みの真っただ中にボイラー屋はいる。



 



掲げる目標は「100年続く会社」にすること。



「ボイラーのことなら何でもこい」と、自社の技術と担う使命に迷いはない。



工具を手に今日も、ボイラー室の扉を開く。





 



 



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