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Oimachi Act./おい街アクト

トロイ・ドナヒューの想い出

2021.10.06 03:00

トロイ・ドナヒューというアメリカの2枚目スターがいた。「エデンの東」のジェームス・ディーンが亡くなって、急遽ハリウッドがアイドル・スターとして売り込みをかけなければ、と用意された男優だった。

正直なところ、役者としては"ダイコン"だったので、今ひとつ人気の方は盛り上がらなかった。

 

人気が出たのは映画「避暑地の出来事」から。

 

このテーマ曲「夏の日の恋」は、パーシー・フェイス管弦楽団で大ヒットをした。

 

続いて「二十歳の火遊び」「スーザンの恋」「恋愛専科」「パームスプリングスの終末」と続いた。

 

「パームスプリングスの終末」では、日本のみテーマ曲「恋のパームスプリングス」がヒット。この曲をトロイ・ドナヒューが下手ながら唄った。

 

一連の彼の出演作は"恋愛モノ"で、この時代にはありがちの内容。恋、性へのあこがれ、純情路線モノ。

 

映画はそれでよし、とされていた時代なのだろう。シリアスな映画は、この当時はフランス映画やイタリア映画が強かった。

 

美男子だけではにダメだしをされたのが、ビートルズの出現で、男性のカッコ良さは少し"ワル"が入っていないと―、となった。

映画から、ワルのスターは音楽の世界で見つけることが出来る時代へと変わった。

プレスリーしかり。ストーンズと。

 

トロイ・ドナヒューは"干されたスター"になって、一時期はホームレス状態だったと伝えられる。

1974年に「ゴッド・ファザーPARTⅡ」で、ちょい役で出演することが出来た。この時はトロイ・ドナヒューという名前ではなかったのだから。いかにミジめな生活を強いられていたかが解かる。

 

結局、結果は1993年の「ショウダウン」が最後。

 

2001年の9月2日に65歳で他界した。

 

彼は忘れ去られてしまったが、テーマ曲の「夏の日の恋」は今も尚ファンが多い。

そして「恋のパームスプリングス」も懐かしいポップスとして。

 

振り返ると、アメリカはその後、ニューシネマとして、ロバート・デ・ニーロが台頭していった。

 

フランスのアラン・ドロン、ジャンポール・ベルモンド、リノ・ヴァンチュロ。トランティーニと、役者はフランス、イタリアが一枚上。

むろん監督もヨーロッパ勢に、アメリカ映画は負けている。

 

「夏の日の恋」をパーシー・フェイス管弦楽団でどうぞ!!