お悩み②「仕事においてどの職場や係に異動しても仕事が遅いと言われます。異動する度に、「ああまた慣れるまで1年間辛いのか」とうんざりします。コツなどありますか?」
9/7に開催された第1回「お悩み"あんちょこ"相談会 」質問2
■ペンネーム「ハンナとアーレント」さん(30代後半、公務員、埼玉県)のお悩み
【質問】「仕事においてどの職場や係に異動しても仕事が遅いと言われます。1年半くらい経てば仕事の流れや力の入れ具合の軽重も含めて慣れて怒られなくなるのですが、異動する度に、「ああまた慣れるまで1年間辛いのか」とうんざりします。自身の一つひとつしっかり確認してからでないとミスが多かったり、気持ちが悪いことはなかなか変えられません。コツなどありますか?」
■仕事が遅いって素晴らしい!
加藤:公務員の方はご異動が多いですからね。よくわかります。
角田:結構切実ですよね。
加藤:やっぱりサラリーマンに異動はつきもので、特に公務員の方は、下手したら2年とかで異動でしょう? それにいい意味で「何でも屋さん」だから、全然やったことのない部署にもいきなり行かされる。大変だと思います。で、どうする?
角田:これね、質問者の方は公務員ということで、この方が仕事が遅いことってダメなんだっけな、と最初に思っちゃいました。
加藤:と云いますのは?
角田:いや、この世界、仕事が速いことを求められすぎじゃないですか。「『仕事が遅い』でもいい」っていう世界を、どっかに作った方がいいんじゃないかなと思って。
加藤:なるほどね。
角田:遅い上でちゃんと確認してる仕事があるからこの社会は成立しているんじゃないかなとも思ったりするわけ。
もしそれがなかったら、事故が起こったり、安全面で崩壊しちゃったものとかがあるんじゃないかな。だから、公務員でない僕は、この質問者のような方が公務員でいることでむしろ安心するんです。
加藤:でもご質問からすると、自分自身に対する葛藤・苛立ちみたいなことを感じられてるわけですよね。
角田:それはありますよね。でも僕は、この方の肩を押すようなアドバイスを言うと、「そのまま行け」みたいなことだな。
「君は間違っちゃいない」とか「お前のその丁寧さこそが、この役所での一番の価値なんだ」とか、そういうことを言ってあげる上司の立場の方がむしろ必要なんじゃないかなと思うんです。
■「写経」のススメ
加藤:でもそれは、自分だけじゃ変えられないじゃない。自分にできることで、なんかすぐできそうなこと、1個ぐらいない?
角田:どうかなあ……。
加藤:私が個人的にお薦めするのは「写経」です。
角田:またいきなりいくね。写経って、般若心経とか書くやつね。
加藤:そうそう。仕事だから、昨年度の資料とかが何かしら紙に残ってるじゃないですか。
それをあまり深く考えずに、虚心坦懐に写す。
そうすると、特に行政とかにはいい意味で型があるから、それが分かってくると思うんですよね。
角田:あー、武道とかもそうだもんね。型があると反射神経でやっちゃうもんね。
加藤:仮に3年分写経したとすると、多分「3年間変わっていないところ」と「3年で変わったところ」が見えてくるから、「じゃあ、ここは変えてもいいんだな」ないしは「変えた方がいいんだな」みたいなことや、「1年でこれくらい変わるんだな」という流れが分かる。
要は、歴史が分かると。次の打ち手が見えてくる。自分がその型に「浸かる」感じがあると楽になったりすると思うんです。(編者注:『仕事人生あんちょこ辞典』「盗む」の項目もご参照ください)
過去のものをそれだけ写経した事のある人は、多分ほとんどいないから、それだけで上司からは「あなた、よく知ってんねえ〜」ってなるでしょ。
角田:ああー、1個プラスアルファができるってことね。ちなみにそれは別に「写経」じゃなくても、今みたいな心境になれることだったらいいわけ?
加藤:いや、そういうことじゃないな。
角田:やっぱり写経がいいんだ。
加藤:あえて「写経」と云ってるのは、写真に撮るのはあんまり意味がないと思っててさ。やっぱり自分で一回手を動かしたり、身体を使ってやってみる。
角田:そりゃそうだよね。なるほど。
加藤:それを続けて、自分の身体に入れることができるようになると、何か困ったときにそこから引っ張ってくることができるようになるので、仕事は相当楽になるぞと。
特に行政の場合は「継続性」が大事なところがあるわけですが、それって要は「引用」じゃないですか。その時に自分の中に、引用できることと、引用しなくてもいいことの基準ができている。企画書とか報告書とか、役所って相当文書化されているので、それがやりやすいと思うんです。
角田:まとめると、新しいところに異動したら、異動したところの過去の文書を写経する、と。なるほどね
■自分を捨てて、「あらすじ」になってみる
角田:『仕事人生あんちょこ辞典』に、スタジオジブリの鈴木敏夫さんが「映画の感想を感想文で書くな」「あらすじだけ俺に説明して」って仰ってるエピソードが何度か出てくるでしょう。
「あらすじを説明するだけで、もうその人の感想になっているから」という話を聞いたんだけど、今の加藤君の提案って、それとちょっと似てるところがあるのかな。
「感想を書け」なんて言うから、「オリジナルなものじゃなきゃといけない」とか「独創的な考えがなきゃいけない」とか思ってしまって、それが無いから「いや、自分は感想文は書けません」って言うわけだよね。
あらすじだけ説明すればいいなら、作文は型でできるじゃない。でも、その型の中で、自分がどうやって、例えば俳優さんの顔に着眼を置いたか、ストーリーの奇抜さに着眼を置いたか、カットの割り方に着眼を置いたかで、あらすじの説明の仕方が変わってくるわけだよね。
加藤:仕事の報告書も、実は「あらすじ」と呼べる面もあるよね。それに加えて、過去の資料を読みながら、○○さんに説明する、というあらすじもあるね。
角田:知らない人に説明するわけだね。
加藤: 2回目は、同じ資料・元ネタで、別の■■さんに説明する。その元ネタを仮に「A」とすると、A´、A´´、A´´´……みたいに、相手によってあらすじを変えてみることで、報告書の説明の練習になる。
角田:それをすることで、多分、新部署への適応力が増すよね。
加藤:これはいいかもしれないな。
角田:加藤君の薦める「写経」によって型を飲み込んだ上で、「自分らしさ」をどうやってその環境に順応させるか、みたいなところにいくといいのかな、と思ってこの話をしたんだ。
加藤:それと、相談者の方へのアドバイスとしては、ある意味自分を捨てる、自分の個性とかを一回置いて、その「あらすじ」になってみるのがいいかも。感想文だと自分が入ってきちゃうから。
角田:「淡々と」ってことだね。それ、結構大事な気がする。
「自分色に染まらないとちょっと不満」みたいなことって、いろいろあるじゃないですか。それはそうなんだけど、一方で「自分を向こう側に染めてみる」みたいなのも意外に気持ちいいなって思えると、もしかしたら、この相談者の方も考え方がガラッと変わる可能性があるよね。
「むしろ新しい部署行ってみたい」「今度は何色に自分が染まるんだろう」みたいな。そうなると、仕事が楽しくなるような気がします。
加藤:今かとうが「写経」と云ったり、角田君が「あらすじ」と云ったことって、昔の学校の勉強でいうと「予習」に近いんです。自分は中学2年生の時に初めて、いわゆる塾に行ったんですけど、その時、塾って進行が早いじゃないですか。
角田:はいはい、どんどん進むよね。
加藤:学校より早いから、学校の勉強を全然しなくてよくなっちゃって、「こりゃあ素晴らしい」と思ったんですよ。
この質問者の方で云うと、慣れるのに1年半ぐらい時間がかかると仰ったのが「学校での1年半」みたいなイメージだとすると、「予習」によってそれが短くなるんじゃないかと。
その時に、塾なら先生が教えてくれるけど、仕事なら「写経」をしたり、人にあらすじを説明する、という予習の仕方になるんでないかと。過去の資料を使うから一見「復習」に見えるけど、でも自分にとっては新しいことなんだから「予習」ですよね。そういう予習の仕方をしてみるだけで……1年半が3日にはならないと思うけれど。
角田:3ヶ月ぐらいになるかもしれないね。
加藤:というわけですが、いかがでしょうか?
■仕事を前に進める「時間の使い方」
角田:全然違う角度からですが、質問者の方の仕事がどうか分からないんですけど、僕個人はと言うと、逆に時間に追われた方が仕事が上がるんですよ。何が言いたいかっていうと、「締め切りって必要だな」と思うんです。締め切りがない仕事って延々とやらないので。
加藤:確かに。
角田:出版社さんと本を書く話をする時に、「まあいつでもいいですから」って言われると本当にいつまでも書かないわけですよ。だから本当にもう、締め切りは何月何日までだと言ってくれ、と。言ってくれたら、原稿上げないほど人間悪くないから、って編集者さんによく言うわけです。
なので質問に戻ると、「自分は時間がかかります」と言うよりは、「この仕事はここまでにやる」という締め切りをどう作るかをやってみてはどうかと。
上司に作ってもらうのか、その部署で作ってもらうのか、自分で決められるのか、それは分からないけど、「この日までにこれをやる」と決めてしまって、そこからあくせくするってスタイルはどうかなと、提案です。
加藤:それに似た話でいうと、過去の資料を読む時とかに、わざと「5回読む」と決める。
本もそうだと思うんですけど、なんか、1回でちゃんと読みたくなるじゃないですか。でも、受験とかでも、よく同じ参考書を何回もやるでしょう?
角田:やる人いますよね。
加藤:学生の時はそれで成績上がったんだよね? じゃあそのメソッドを仕事に持ち込んだらどうなのか。ちょっと自戒の念を込めて云うと、やっぱり過去の報告書を1回しか読んでないこと、多いですよね。
それを5回読むようになったら、「1回読んだから、正の字の一を書いて」くらいのライトな感覚になる。5回読むことを前提にして読んでいったら、1回あたりのグーっと「集中しなければいけない」感じが、多分減ると思うんです。でも最終的には5回見てるから、見落としもなくなるわけでしょう?
つまり、「1回で全部やろうとする感覚を捨てる」のはどうでしょうか。最初から5回読まなきゃと思ったら、いい意味で手を抜いたり、1回目はもうバーっと斜め読みみたいにしたりとか。
角田:あー、なるほど。毎回根詰めて5回読む必要ないんだね? 5回読むって決まってるから、1回目は軽くていいや、とか。それは心理的に楽になるよね。
加藤:しかも、根詰めて1回読むより、時間はそんな変わらないかもよ、みたいな。「エビングハウスの忘却曲線」みたいな話でさ。
角田:意外にね。そんな感じするなあ。
加藤:まあばかばかしいかもしれないけど、5回って決めてやってみる。20回とかじゃなくていいと思うんですけど。
……という、「写経」の別バージョンですよね。
角田:そうそう。井上ひさしさんも、「好きな文章を写経することが一番文章が上手くなるコツだ」って言ってたよ。
■閑話休題。字、書いてますか?
角田:ちょっと話は変わるんだけどさ、写経ってPCでやっちゃわない? 加藤君は手書きする?
加藤:ああ、それはどっちでもいいと思う。
角田:どっちでもいいと思うじゃんか? 僕もそうだったんだけど、大体皆PCで文章打ってるから手書きしないじゃん。本書くのもずっとPCじゃんか。最近手書きってやってる?
加藤:やってるやってる。
角田:……まあ加藤君はやってそうだね。
それでね、ほら、僕は今大学に通ってるわけですよ。それで、大学の試験あるから手書きでやんなきゃと思ったら、手が疲れて書けなかった。
試験時間が2時間とかあるわけで、何を書いたらいいか分かんないから書けないんじゃなくて、書いてるうちに手が疲れて。
加藤:面白いですね。
角田:これ、「文章は手で書き続けなきゃいけないな」って思ったよ。そうしないと、なんか筋肉が劣化する。
加藤:それ分かる、俺も最近、手書きの時手が震えるもん。
角田:でしょ? もうだんだん身体がじいさまみたいになってるんだね。
(構成:甲斐荘秀生)